追試験や落第について話していて思い出したことがありました。
東大の医学部に入ったときのことです。医学部に入れたことにほっとしてほとんど勉強をしませんでした。解剖学の試験で「脳を図示せよ」という問題が出ました。私はあまり授業に出ていなかったし、人間の脳のことを細かく覚えてなかったのでうまく描けませんでした。いろいろ考えて、高校時代の生物で習った脊索動物の脳を描くことにしました。そしたら追試になってしまったのです。
10人くらいが教授の部屋に呼ばれました。教授は答案を一枚一枚チェックしました。そして、私のを見たときにこう言いました。
「帯津君。君は脊索動物の脳を描いたんだね。そうか、問題には『人間の脳』とは限定しなかったからな。君は帰っていいよ」
ほっとしました。みんながうらやましそうな顔をして見ていました。私は、「悪い、悪い」と言いながら教授室を出て行きました。
「脳を図示せよ」
という問題が出れば、だれでも「人間の脳」を描かないといけないと思ってしまいます。私の場合は苦肉の策でしたが、それが見事に成功しました。何事も、思い込みを捨てて、柔軟に考えないといけません。そのことを学んだ出来事でした。
もうひとつ、追試騒ぎがありました。それは卒業間際のことです。そのころの私はスキーに凝っていて、試験が終わるや、一人で蔵王に出かけました。そして3週間もスキー三昧の毎日を過ごしていました。豪勢なものです。
下宿へ帰ると大学の教務課からはがきが届いていました。読んで真っ青になりました。あなたは循環器の試験に落ちたので〇月〇日までに教務課へ出頭しなさいという内容でした。その日はとっくに過ぎています。
慌てて教務課へ行きました。面倒見のいい課長がいて、「教授に話してあげる」と力になってくれました。
すぐに教授室に行きました。説教をくらうのかとびくびくしていました。そしたら、意外にも教授は「あなたは追試に合格だ」と言ってくれました。
「あなたはいつも真面目に授業を受けてくれている。だから追試は合格」
なんとも粋な教授じゃないですか。
「はい、ありがとうございます」
私が立ち上がると、
「ひとつだけ言っておくことがある」
そう言うので緊張しながら教授の言葉を待ちました。
「これからは東大を出たからと言って通用する時代ではないよ」 今でも耳に残っています。
落第はしませんでしたが、いくつもピンチはありました。輪廻転生も、あまりすすめられることではありませんが、そうなったらそうなったで、いろいろな人と出あって、たくさん学びを得て、今度こそ、故郷へと旅立てるようにしてください。