私が故郷の川越に帯津三敬病院を開いたのが1982年です。それまで、西洋医学の外科医としてがん治療に携わっていました。しかし、これで大丈夫という手術をしても、かなりの人が再発で病院へ戻ってきました。
西洋医学だけではがんは治せないと痛感しました。私はもっと効果の高いがん治療はないものかと模索し、中国医学を加えた「中西医結合医学」を旗印にした病院を開業したのです。
中西医結合というのは、西洋医学と中国医学のそれぞれの特色を生かし、欠点を補い合うものです。どちらかを偏重するのではなく、患者さんの意志や希望を尊重しつつ、病状に合わせて治療法を選択します。
中国医学にはとても深い哲学もあり、日本では表面的にしか理解されていないように思います。西洋医学は目に見える臓器を対象にしていますので理解しやすいのですが、中国医学は宇宙的な理念や「氣」といった目に見えないものが理論の基礎になっており、理解しにくい部分があります。
日本では鍼灸や指圧に代表されるように、ツボ治療として発展してきましたが、本来の中国医学とは大きな違いがあります。日本に中国医学が伝来した際、中国医学の根本思想である「陰陽五行(いんようごぎょう)」の考え方が切り捨てられ、方法だけが取り入れられ、発展したからです。
中国医学の特徴は「自然治癒力」に働きかけることです。そして、その理論の基礎となっているのが陰陽五行説です。陰陽五行説は医学だけでなく、自然科学、芸術、宗教、政治思想、運命学など、さまざまな分野の根本的な思想となっています。
「陰陽」というのは、昼と夜、男と女、プラスとマイナスといった、相反する二つの要素のことです。プラスや陽が良くてマイナスや陰が悪いということではありません。大切なのは、陰と陽のバランスがとれていることです。自動車のアクセルとブレーキのようなもので、安全に快適に走るには、両方をバランス良く操作しないといけません。
病気になるのは悪いことだと思われていますが、たまには風邪をひいて家でゆっくりするのも必要なことです。がんのような大病を患った人が、それをきっかけに生き方が大きく変わって、健康だったときよりも充実した毎日を送るようになることもよくあります。
陰と陽はつねにバランスを保とうとしますので、陰に傾けば陽が働き、陽に傾けば陰が働きます。
五行とは「木」「火」「土」「金」「水」の五つの氣によって万物が支配されているという考え方です。五つの氣はお互いに影響を与え合うことで、世の中のあらゆる事象に変化をもたらせます。
中国医学では人体の機能を五臓六腑(ごぞうろっぷ)で考えます。五臓を五行に当てはめると、木は肝臓、火は心臓、土は脾臓、金は肺、水は腎臓です。六腑とは胆、小腸、胃、大腸、膀胱、それに体の熱を作る三焦(さんしょう)(上焦は横隔膜より上部、中焦は上腹部、下焦はへそ以下にあり、体温を保つために絶えず熱を発生している器官とされる)が加わります。陰陽で言うと、五臓は陰で六腑は陽となります。
西洋医学では、胃は胃、肺は肺と独立して機能していると考えています。ですから、臓器ごとの専門医がいて、臓器別の診断や治療が行われています。それに対して中国医学は、陰陽五行説にのっとって、つながり(関係性)を大切にします。胃も肺も心臓も単独で機能しているのではなく、ほかの臓器と関係をもっているという考え方が、その基本にあるのです。
そしてその関係性を作るに当たって、「氣」が重要な働きをしていると考えるのも、西洋医学との大きな違いです。氣は宇宙全体にあまねく存在していて生命体とは深くかかわっています。氣が不足したり、循環が滞ると体調に異変が生じます。氣の乱れは病気を招く大きな原因となるのです。中国医学が呼吸法を重視しているのは、氣を補給し循環を促すためなのです。