帯津良一
vol. 133

エネルギーを扱う西洋医学、エントロピーは中国医学

木を見るだけでなく森を見る。 森を見るだけでなく木も見る

 西洋医学と中国医学の違い は? さまざまな見方がありま すが、一本一本の木を中心に見る のが西洋医学で、森全体を見るの が中国医学だというのはいい説 明かと思います。森の健康を守る ためには木が病気になっていない かを見ることも大切だし、森全体 のバランスを見ることも重要なこ とです。

 毎年、健康診断をしているとい う方は多いかと思います。健康を 守る上では大切なことですが、そ の結果に一喜一憂することはあり ません。健康診断というのは、森 の中の木を一本一本チェックして いるようなものです。「正常です。 問題ありません」と言われても、 それは木に問題がないだけで、森 全体を見ると、植生のバランスが 崩れていれば、森は健康とは言え ません。逆に、木が病気になって いたとしても、森全体が活気にあ ふれていれば、しばらくすれば自 然に木も回復していくこともあ ります。木をチェックするだけで なく、全体を見てその雰囲気とか エネルギーを見ないと、森の健康 というのは判断できないのです。 健康診断の結果は、木の状態を 見ているだけですから、あまり深 刻に考える必要はないというの が私の考え方です。

 最近になってやっと木を見る ことも森を見ることも大切なん だということが理解されるよう になってきました。私が川越に病 院を開業したのは1982年で すが、そのころは中国医学と言っ てもだれも関心をもちませんで した。私は、西洋医学の限界を感 じ、それだけでがんの治療はでき ないと思って中国医学を取り入 れました。この方向で間違いない という確信はありましたが、理解 されないことが多く、つらい思い もしました。漢方薬も気休めのよ うに思われていましたし、気功と 言っても聞いたこともない人がほ とんど、呼吸法で病気が治るなん てだれも思っていません。中国医 学をやると言っても、まわりはみ んなポカンとしていました。それ はもっともなことで、高度先進医 療がスポットライトを浴びてい るころでしたから、がんのような 重い病気は機械に囲まれた中で 治療を受けるものだと患者さん は思い込んでいました。

 病院に道場を作って、そこで気 功をやろうと思ったのですが、道 場にいるのは私一人だったり、数 人の患者さんが嫌々付き合って くれるような状態でした。病院 のスタッフも、閑古鳥の鳴く道場 を「院長は何をやっているんだろう?」とあきれながらのぞき込んでいました。あんなことをやっている暇があったら外来で患者さんを診てくれたほうがお金になるのにと悪口を言われたこともありました。

 ただ、西洋医学のドクターたちで私のやっていることを非難する人はあまりいませんでした。それは、西洋医学を否定することなく、必要なら手術も抗がん剤もやるし、その上で中国医学をやっていたからだと思います。きちんとやるべきことをやった上での中国医学という役割分担は心掛けていました。

 代替療法を中心に治療をしている医者で、やたらと西洋医学を非難する人がいますが、それではいくらいい治療をしていてもなかなか理解は広がっていきません。相手を攻撃したり否定すると、必ず反撃を食らいます。不毛な争いになり、お互い傷つけ合って、どちらにもプラスにはなりません。

中国医学は排泄の医学。エントロピーを減少させる力がある

 私は、中国医学をいかにすれ ば科学的に説明できるか考えま した。思いついたのは「エネル ギー」と「エントロピー」で説明 できるのではということでした。 体はエネルギーを取り入れることでさまざまな反応が起こって生命を維持します。同時に、エネルギーを取り入れるだけでは体の中の秩序が乱れます。家の中でも、あれやこれやと買い込むばかりでは乱雑になってしまいます。断捨離が流行っていますが、不要なものはどんどん捨て ていかないといけません。そうやって家の中が整理整頓できるように、体もエネルギーを入れるばかりではなく、いらないものは捨てることが大切です。いらないものが増えて乱雑になることを「エントロピーが増大する」 と言います。つまり、健康でいるためには、エネルギーを入れつ つ、増大したエントロピーを捨てていくことにも目を向ける必要 があります。

 私は、エネルギーをいかに効 率よく取り入れ、使うかという 部分を西洋医学が担当し、エントロピーを減少させることを中 国医学がやるのではと考えました。エントロピーが増えると、 体はモノや熱にくっつけて外に 捨てます。吐く息、汗、大小便、 熱が、エントロピー減少の役割を担っているのです。漢方薬でも、汗を出させたり下痢をさせ たり小便を出させて体調を整 えます。まさにこれはエントロピーを減少させるという作用だ と、ピンときたのです。そうい う目で中国医学を見ると、漢方 薬だけでなく鍼灸も気功も食養 生もすべてエントロピーと関係しています。

 生命現象のうちのエネルギー 的な側面は西洋医学が担当し、 エントロピー的側面は中国医学 が扱う。それなら、どちらが優れているかと競うのではなく、補い合える関係にあると考えてもいいと思います。両者を併せる ことで生命現象を広く扱えることができます。より大きな体系 医学になります。その結果、治療効果も高くなるはずです。

 そんなことを説いて回っていました。

 病気を治したり健康を維持 するには、外から薬やサプリメントを入れるというのが常識に なっています。体にいい食事を しようというのも同じ発想です。 もちろん、それも方法のひとつ ですが、その一方でエントロピー を減少させることも考えないといけないのです。その方法として 私が注目したのが呼吸法でした。 私たちは無意識で呼吸をしていますが、吸ったり吐いたりを意識的にしようというのが呼吸法です。氣功も呼吸がとても大切 ですから呼吸法の一種だと考えていいでしょう。あるいは、呼吸 法が氣功の一種だという言い方もできます。

 エントロピーを捨てるには、大小便や汗もありますが、これらはなかなか自分ではコントロー ルできません。その点、呼吸法は いつでもどこでもできます。電車 やタクシーに乗っているとき、吐く息に意識を向けて息を吐き切 ります。そうすると自然に息を 吸います。吸ったらまた吐き切る。それを繰り返すだけでも立 派な呼吸法です。呼吸を意識して歩くこともできます。

 私は、体の中の不用なものを 虚空に帰すイメージで息を吐きます。エントロピーを外に捨てるには呼吸法がもっとも手軽で 簡単な方法です。世の中にはたくさんの呼吸法があります。気に入った呼吸法を思いついたときにやるだけで体調は変わってくるはずです。森全体のバランスが整ってくるのです。試してみ てください。