帯津良一
vol. 140

適度なストレスが毎日の生活を充実させることもある

多少のストレスがあった方が生きている実感がある

 コロナ騒ぎでストレスをためている方も少なくないと思います。コロナに限らず、現代は何かとストレスが多くて、ストレスなんぞなければいいのにと嘆いている人もいることでしょう。

 しかし、いくら嘆いてもストレスはなくなりません。生きている限りついて回るものです。作家の五木寛之さんは「ストレスは人間の宿命である」と言っています。名言だと思います。人生にストレスは付き物。一方的に悪いものだと考えてしまうと生きるのがつらくなってしまいます。

 ストレスは必ずしも悪いものではありません。ストレスによる緊張感が脳を刺激して、認知能力も高まります。自然治癒力も高まるはずです。

 大企業を定年退職して、たくさんの退職金をもらったので働く必要もない。これからは好きなことをやってのんびり生きていくのだと喜んでいた人が、体調を崩してしまうことはよくあります。仕事を辞めて緊張感がほどけてしまったのだろうと思います。ストレスが一気に減ってしまったため、自律神経のバランスが崩れてしまい、免疫力にも悪影響が及んだのでしょう。

 ストレスというと、精神科医の神谷美恵子さんの言葉が思い浮かびます。

 「ほんとうに生きている、という感じをもつためには、生の流れはあまりになめらかであるよりはそこに多少の抵抗感が必要であった。したがって生きるのに努力を要する時間、生きるのが苦しい時間のほうがかえって生存充実感を強めることが少なくない。ただしその際、時間は未来にむかって開かれていなくてはならない」(『生きがいについて』みすず書房)

 つまり、困難があった方が生きている実感があるというのです。ストレスがあるからこそ、人は成長することができます。しかし、いくらストレスを感じていても、時間は未来に向かって開かれてないといけないというのも意味深さを感じます。

 ストレスは悪いものだと決めつけていると、時間は未来に向かって開かれません。未来が閉じられてしまって絶望の淵に突き落とされてしまいます。

 私のところに来られる患者さんは、ほとんどが重症のがんですから、みなさん大変なストレスを抱えています。未来に向かって開かれている時間などありません。だから私は、がんを治すことばかりに目を向けず、がんが治って何をするかを考えてはどうだろうかとお話するのです。がんという大ピンチの中にいるわけですが、それでも未来への時間をこじ開けていくたくましさが必要なのです。

 私も日々、ストレスとともに生きています。重症の患者さんの診察が続きますから息が抜けません。少しでも希望をもって治療に取り組めるようにと患者さんとは真剣に向き合っています。診療だけではありません。取材や打ち合わせが重なったり、人間関係で面倒なことがあると、ストレスは高まります。

 それでも、私はいつごろからか、ストレスを歓迎できるようになりました。

 「忙しかったりストレスがあった方が夜の晩酌がおいしいではないか」

 そう気づいたのです。たくさんの患者さんを診察して、そのあとに取材があって、クタクタになって病院の食堂へ行きます。私の大好きな料理がテーブルに並んでいます。それを見ながら、まずはビールを一杯。ひと口ふた口飲むと生き返ります。喜びが体中にあふれます。今日もがんばったという満足感に浸れます。逆に、あまり忙しくないとき、ストレスもなく一日が終わったあとのビールはあまりおいしくないのです。

交感神経から副交感神経にスイッチを切り替えることが大切

 医学的に見ると、強いストレスがかかると生体内にひずみが生じ、それがさまざまな体調不良につながります。ひずみのもとになるのが体の防衛反応です。

 防衛反応の中心になって働くのが自律神経です。自律神経には交感神経と副交感神経があり、ストレスがかかったときには交感神経が優位になります。交感神経は「闘う神経」とも言 われています。この神経が働くと生体は戦闘状態になり問題の解決を図ります。  

 たとえば何か恐怖を感じるような状況になったときには、心拍数が増え、汗が出てきて、筋肉が固くなり、呼吸も乱れます。体がいつでも戦える準備を整えるのです。

 交感神経が優位になると気分が高揚します。適度な優位さであれば、毎日の生活に充実感をもつことができます。それが神谷さんの言う「多少の抵抗感」ということになるのではないでしょうか。

 副交感神経は「休息の神経」と言われています。リラックスしているときに働きます。たとえば温泉に入ったときを思い浮かべてください。心拍数もゆっくりとなり、呼吸も楽になり、筋肉も柔らかくなります。最高のリラックス状態です。

 朝から晩までストレスを感じていると、交感神経ばかりが働いて、副交感神経がお休み状態になってしまいます。これが問題なのです。昼間はいくらストレスを感じても大丈夫です。生きている充実感を感じることができます。しかし、そのまま夜に突入すると、ベッドに入っても闘争心が消えずに眠りにつけません。それでは体もこころも もちません。

 人間の体は夜になれば交感神経から副交感神経にバトンタッチするようにできています。なのに、昼間を引きずって夜に入ると、切り替えスイッチが正常に働かないのです。そこで、私の場合は「晩酌」という儀式によって、スイッチを切り替えているのです。

 切り替えがきちんとできることで、時間が未来に向かって開かれます。

 がんの患者さんも、ずっとが んのことを考えているとストレスばかりが積み重なっていきます。がんのことを考えない時間を作らないといけません。

 私は、呼吸法や氣功がその役に立つのではと考えています。 しっかりと息を吐くと副交感神経が優位になり、こころも体もリラックスします。続けていると、がんに対する不安や恐怖が和らぐはずです。氣功も同じで す。

 24 時間緊張状態が続いていると、ストレスをプラスに働かせることができなくなります。どんどん気持ちがマイナスに引っ張られてしまいます。方法はいくらでもあると思います。自分なりの交感神経と副交感神経のバランスのとり方を見つけ出して、実践していただければと思います。