vol. 147

西洋医学の限界を知ったことで氣をがん治療に取り入れた

西洋医学は臓器ごとに診る中国医学は臓器の関係性を診る

 私が故郷の川越に帯津三敬病院を開いたのが1982年です。それまで、西洋医学の外科医としてがん治療に携わっていました。しかし、これで大丈夫という手術をしても、かなりの人が再発で病院へ戻ってきました。

 西洋医学だけではがんは治せないと痛感しました。私はもっと効果の高いがん治療はないものかと模索し、中国医学を加えた「中西医結合医学」を旗印にした病院を開業したのです。

 中西医結合というのは、西洋医学と中国医学のそれぞれの特色を生かし、欠点を補い合うものです。どちらかを偏重するのではなく、患者さんの意志や希望を尊重しつつ、病状に合わせて治療法を選択します。

 中国医学にはとても深い哲学もあり、日本では表面的にしか理解されていないように思います。西洋医学は目に見える臓器を対象にしていますので理解しやすいのですが、中国医学は宇宙的な理念や「氣」といった目に見えないものが理論の基礎になっており、理解しにくい部分があります。

 日本では鍼灸や指圧に代表されるように、ツボ治療として発展してきましたが、本来の中国医学とは大きな違いがあります。日本に中国医学が伝来した際、中国医学の根本思想である「陰陽五行(いんようごぎょう)」の考え方が切り捨てられ、方法だけが取り入れられ、発展したからです。

 中国医学の特徴は「自然治癒力」に働きかけることです。そして、その理論の基礎となっているのが陰陽五行説です。陰陽五行説は医学だけでなく、自然科学、芸術、宗教、政治思想、運命学など、さまざまな分野の根本的な思想となっています。

 「陰陽」というのは、昼と夜、男と女、プラスとマイナスといった、相反する二つの要素のことです。プラスや陽が良くてマイナスや陰が悪いということではありません。大切なのは、陰と陽のバランスがとれていることです。自動車のアクセルとブレーキのようなもので、安全に快適に走るには、両方をバランス良く操作しないといけません。

 病気になるのは悪いことだと思われていますが、たまには風邪をひいて家でゆっくりするのも必要なことです。がんのような大病を患った人が、それをきっかけに生き方が大きく変わって、健康だったときよりも充実した毎日を送るようになることもよくあります。

 陰と陽はつねにバランスを保とうとしますので、陰に傾けば陽が働き、陽に傾けば陰が働きます。

 五行とは「木」「火」「土」「金」「水」の五つの氣によって万物が支配されているという考え方です。五つの氣はお互いに影響を与え合うことで、世の中のあらゆる事象に変化をもたらせます。

 中国医学では人体の機能を五臓六腑(ごぞうろっぷ)で考えます。五臓を五行に当てはめると、木は肝臓、火は心臓、土は脾臓、金は肺、水は腎臓です。六腑とは胆、小腸、胃、大腸、膀胱、それに体の熱を作る三焦(さんしょう)(上焦は横隔膜より上部、中焦は上腹部、下焦はへそ以下にあり、体温を保つために絶えず熱を発生している器官とされる)が加わります。陰陽で言うと、五臓は陰で六腑は陽となります。

 西洋医学では、胃は胃、肺は肺と独立して機能していると考えています。ですから、臓器ごとの専門医がいて、臓器別の診断や治療が行われています。それに対して中国医学は、陰陽五行説にのっとって、つながり(関係性)を大切にします。胃も肺も心臓も単独で機能しているのではなく、ほかの臓器と関係をもっているという考え方が、その基本にあるのです。

 そしてその関係性を作るに当たって、「氣」が重要な働きをしていると考えるのも、西洋医学との大きな違いです。氣は宇宙全体にあまねく存在していて生命体とは深くかかわっています。氣が不足したり、循環が滞ると体調に異変が生じます。氣の乱れは病気を招く大きな原因となるのです。中国医学が呼吸法を重視しているのは、氣を補給し循環を促すためなのです。

おへその下に氣を集めることで不老不死に近づける

 中国医学の基本概念は「氣」です。氣が生命の躍動に大きな影響を与えていて、氣が体内をスムーズに流れる状態を健康とみなしてきました。氣功はからだを動かしたり刺激したりして氣の流を整え、古い邪氣を吐き出して健康を維持する健康法でした。氣が流れる道を経絡(けいらく)と呼んでいます。

 氣の鍛錬は生命の場を調えるということです。その方法には3つあります。氣功の三要素と呼ばれている「調身(姿勢を正す)」「調息(呼吸を調える)」「調心(こころを平安に)」です。私はこの三要素がそろっていれば氣功だと考えればいいと思っています。私は武術を長くやってきましたが、武術も三要素がそろっています。ラジオ体操も三要素を意識して行えば立派な氣功です。

 私は中国へ行って中国医学の視察をしたときに、氣功を知って、「これが中国医学のエースだ」と確信しました。そして、持ち帰った本を読んで、三要素がそろっていれば氣功だと知り、当時習っていた呼吸法をがん治療に取り入れました。姿勢を正し、吐く息を意識してこころ静かに瞑想すれば氣功になります。

帯津良一 氣功は続けることが大切です。難しいことは続きません。簡単にできることを選ぶのがいいと思います。

 私がおすすめしているのが、江戸時代の名僧である白隠禅師(はくいんぜんじ)の「内観の法」です。白隠さん自身も、弟子たちも、修行のし過ぎで禅病という自律神経を病む病気になったとき、内観の法で回復したというものです。夜、なかなか眠れないという患者さんに実践してもらったところ、とてもいい効果があったので、あちこちで紹介してきました。簡単で効果がある。これが一番です。

 その方法を紹介しておきますので、興味ある方は実践してみてください。

① 仰向けに寝て、足を少し開きます。息を大きく吸いながら腹をへこませていきます。

② 息を吸いきったら、息を吐きながら下腹部(臍下丹田(せいかたんでん))をぐっと盛り上げて膨らませていきます。このとき、下半身に氣がみなぎって充実していくのを感じてください。

③ ①と②を何度か繰り返します。

 臍下丹田というのはへその下にあるからだの中心です。丹田というのは丹薬(道教で言う不老不死の薬)を作る田んぼという意味です。ここに氣を集めることで不老不死に近づけるだけの健康が得られると、中国では古代から考えられてきました。

 また、息を吸うときにお腹をへこませ、吐くときにお腹を膨らませるのを「逆腹式呼吸」と言います。普通の腹式呼吸は、息を吸うときにお腹が膨らみ、吐くときにへこみます。

 逆腹式呼吸は、合気道や剣道など武道の呼吸法とされています。武道で技を仕掛けるときは息を止めるか吐いています。空手では声を出しながら突いたり蹴ったりします。吐く息とともにエネルギーを自分に集め、相手にぶつけるのです。息を吸いながら技をかけることはできません。

 赤ちゃんが生まれるときにオギャーと息を吐きます。いのちのエネルギーを、息を吐くことによって集めてくるのだろうと思います。

 臍下丹田のエネルギーは、吐く息によって満ちます。ですから、しっかりとお腹を膨らませて、たくさんのエネルギーが注ぎ込むようにするのです。

 椅子に座っていても立っていても、逆腹式呼吸はできます。仕事の合間とか部屋でのんびりしているときに、ほんの数分、やってみるのもいいだろうと思います。