vol. 148

ピンチに立たされたときこそ、いい場を創る努力を

いい場に身を置き、自らの場のエネルギーを高める

 60年もがん治療の現場にいますから、驚くような回復を見せてくれる患者さんにもたくさんお会いしました。どうして劇的に良くなるのだろう、といろいろ思いめぐらせてみると、ある共通項に気がつきました。

 みなさん、いい場に身を置いているのです。

 いい家庭、いい職場、いい医療の場、いい学びの場・・・。いい場というのは、いのちのエネルギーを日々高め続けている人たちが集まった場です。夢や目標をもって生きている人たち、こころをときめかせながら生きている人たち。そんな人たちが集まっていると場のエネルギーは高くなります。そこに身を置く人も場のエネルギーの影響を受けて生命力が高まり、病気になりにくくなるし、進行したがんになっても、奇跡的に回復することがあるのです。

 しかし、いくらいい場であっても、本人がエネルギーを高める努力をしないといけません。ある会社員の方でしたが、かなり進行した胃がんの手術を受け、退院して間もないうちから仕事に復帰し、まだ下痢が続いているのに、あちこちに出張をしていました。奥さんも心配して、何度も私のところへ相談に来られました。

 彼から話を聞くと、仕事をしているときが一番楽しいと言います。家でじっとしているとストレスがたまり、仕事をすることでストレスを発散するというタイプだったのです。かと言って、家庭をおざなりにしているわけでもありません。家族との時間も大切にしていました。彼は、家庭や職場という場に支えられ、自らも大好きな仕事をすることでいのちの場を高めていたのです。

「仕事に打ち込んでいればウジウジしている暇もないし、余計なことを考える時間もありませんから、それが良かったのかもしれません」

 手術をしたとき、主治医からは「余命1年」を宣告されていました。そんな状態だったのに、手術後の回復は目覚ましく、あれから20年近くなりますが、とても元気に活躍されています。太極拳にも取り組んでいて、今は指導者としてがんばっています。

 どんな困難に遭遇しても粘り強く乗り切ってしまう勁(つよ)さが彼にはあります。それを支えたのが家庭の場であり、職場の場だったと私は思います。場の力が彼を窮地から救ったのではないでしょうか。

 いい場とはどういうものでしょうか。

『星の王子さま』という物語をご存知かと思います。その中に、次のような言葉があります。

《われわれのそとにある、一つの共通の目的によって同胞たちに結ばれるとき、われわれは初めて呼吸することができる。また経験はわれわれに教えてくれる。愛するとは、たがいに見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見ることだ》(山崎庸一郎訳『サン=テグジュペリの言葉』彌生書房)

 いい場を創るのも、愛することと同じで、お互いに見つめ合うのではなく、皆が同じ方向を見つめることが大事なのです。共通の思いをもって、共通の目標に向けてまなざしを注ぐことが「場」を高めるポイントなのです。

 ただし、同じ方向を見ると言っても、皆が猪突猛進することではありません。それでは烏合の衆になってしまいます。

 大切なのは、その場にいる人たちがそれぞれ自分の役割を自覚し、一生懸命に役割を果たすために立ち働きながら、そこに整然とした統一が作り上げられることです。それが私が考える「いい場」なのです。

 レストランでもホテルでも、従業員の一人ひとりが、お客さんをこころからおもてなしするという目標をもって、それぞれの役割をしっかりと果たしているところは、本当に気持ちよく食事をしたり宿泊することができます。いい場が創り上げられているからです。

みんなが同じ方向を見て、それぞれの役割を果たす

 表舞台から姿を消した自然治癒力ですが、完全に消え去ったわけではありませんでした。なぜなら、だれもが自然治癒力の存在を身近に感じているからです。たとえば転んで擦り傷をしたとします。消毒くらいはするでしょうが、だいたい放っておけば治ってしまいます。石や茶碗は割れたり欠けたりしたらもうもとには戻らないのに、生物の傷はなぜ治るのか。自然治癒力があるからです。だれもが自然治癒力の恩恵を被っているのです。

帯津良一 特に、私たち外科医は自然治癒力がなければ成り立たない職業です。もっと自然治癒力に敬意をもってもいいと思うのですが、自分の技術だけで病気を治しているように勘違いしている方がたくさんいるようです。

 私は食道がんを専門とする外科医でした。食道がんの手術は大変です。胸を開けて病巣部を切除したら、胃を持ち上げてきて残った食道とつなぎます。食べたものが漏れたら大変ですから慎重に縫い合わせます。

 傷口を縫って手術は終わります。そこまでが外科医の仕事です。あとは自然治癒力が傷口をふさいでくれます。私は手術をするたびに自然治癒力のすごさを感じ、感謝したものです。

 自然治癒力と免疫力を混同している方がけっこういます。免疫力はリンパ球などによって自己と非自己を見分けて、非自己なら排除する。あくまでも肉体レベルの働きで、自然治癒力の一部と考えていいのではないでしょうか。

 私は、生命場のもつ特性や潜在能力を自然治癒力だと考えています。人間のからだには、氣とかプネウマといった目に見えないエネルギーが詰まっていて場を作り上げています。それが生命場です。

 生命場は、免疫力やDNAの修復能力をコントロールして体内の秩序を保とうとしています。そして、乱れそうになったり、乱れてしまったら、体内の環境や外界からの影響を総合的に判断して回復しようとする。それが自然治癒力ではないでしょうか。

 新型コロナウイルスの騒ぎで多くの人が免疫力の大切さを知りました。医学はさらに進んで、次は自然治癒力を視野に入れるようになると、私は信じています。

 統合医療のオピニオンリーダーであるアンドルー・ワイル博士は著書『癒す心、治る力』の中で、「われわれ人間は、種としての長い歴史の大部分を、近代医学も代替医学もなしに、そもそも医師という存在なしにやってきた。種の存在そのもののなかに治癒システムの存在が組み込まれているのである」と述べています。自然治癒力のことです。

 また、こんなことも語っています。西洋医学はからだについてはある程度の成功を残したが、こころについてはリップサービス程度だ。いのちについては手つかずだ。

 西洋医学はまだまだ発展途上。これからこころの領域、いのちの領域にまで足を踏み入れた医療を実現させないといけないのです。そのためには自然治癒力をもっと真剣に追い求めないといけません。 そして、自然治癒力を働かせるのに大切なことは信頼の三角形だとワイル博士は言っています。まずは治療法を患者さんが信じること。次に主治医もその治療法を信じること。主治医は代替療法など信じず抗がん剤をすすめるが、患者さんは抗がん剤よりももっとやさしい治療法を望んでいるとなると、信頼の三角形は成り立ちません。お互いが治療法を信じること。そして、主治医と患者さんは信頼し合っていること。これが信頼の三角形です。自然治癒力をベースにすれば、自ずと医療はいい方向に変わっていくのではないでしょうか。