ママさんは、常連さんから「日めくりを一枚一枚めくるように生きている人」と言われていました。
目の前のお客さんに意識を集中し、精いっぱいのおもてなしをするママさんの姿が「日めくり」を連想させたのではないでしょうか。一日一日を真摯に受け止め、きちんと完結させながら次の日を迎えるという姿勢をもっていました。
一期一会、一人ひとりのお客さんをとても大切にしていました。記憶力が抜群で、たった一度しか来店していないお客さんでも顔と名前を憶えていました。
これは驚異的な能力で、ママさんのファンはどんどん増えていきました。
何年かぶりで二度目にそのお店を訪ねたとき、「あら〇〇さん、久しぶりですね」と迎えられたら、だれでも気分がいいものです。
私のように常連になると、カウンターに座っただけで、私の好きなお酒、料理が出てきます。私はそれが心地よくて、東京で仕事があるときには必ずこのお店に寄ったものです。
ママさんが亡くなったときには、たくさんの常連さんがお葬式に駆けつけ、大の男がはた目をはばからず声を上げて泣いていました。めったに泣くことのない私も、生前のママの姿を思い浮かべ、目からあふれるものをこらえることができませんでした。
こうしたドラマは、お気に入りのバーがあって、そこで楽しくお酒を飲めるからこそ生まれるものです。家で飲んでいては、なかなか人と人とのつながりは広がりません。
私のもうひとつのお酒の楽しみ方は、すでにあちらの世界へ行った人と対話をしながら飲むことです。
一人で飲んでいるときでも、大勢での飲み会でも、ある瞬間、ふっとあの世に意識が向くことがあります。
いろいろな人が頭に浮かんできます。太極拳の楊名時先生だったり、フローラのママだったり、かつての同僚だったり、患者さんだったり、ふっと頭に浮かんだ人と対話をします。
「こっちは大変ですよ。コロナのため、外でお酒が飲めなくなりましてね」
そんな感じで語りかけると、向こうからも返事が返ってきたような感じがして、あれこれとよもやま話をするのです。
私にとっては至福の時間です。
最近も、親しくしていた方が何人か亡くなりました。とても気のいい人たちでした。
「そっちでどうしているの?」
彼らはいつもニコニコしています。きっと、楽しく暮らしているのだと思います。
「いい人はそっちへ早く行ってしまうね。私は85歳になってもまだ呼ばれないよ。なかなかいい人になれないね」
そんなふうに笑って話すと、
「もっと、そっちの世界を楽しんでください
まだやることがいっぱいあるじゃないですか」
と返してくれたりします。
こうした対話は、家で飲んでいてもできますので、試してみてください。
外で飲めないというのは、私にとっては不本意ですが、文句を言っても仕方ありません。
こんな異常なことはいつまでも続きません。晴れて外でお酒が飲める日を楽しみにしつつ、置かれた状況の中でどうやって楽しんでいくかを工夫していこうと思っています。