帯津良一
vol. 129

途中で挫折しようがとにかくできる限り続けること

第1回目から25年間、ずっと講演をしてきたのは私だけ

 7月6日(土)に「がんコンベンション」で講演をしてきました。NPOがんコントロール協会という団体の主催で、今回が25回目となります。がんコントロール協会は、アメリカがんコントロール協会日本支部ということでスタートしたようです。それが1994年のことで、翌年からがんコンベンションは始まりました。

 西洋医学だけでなく、代替療法も取り入れた統合医療でがんに立ち向かっている医療者らが、その方法、体験、結果を発表してきました。1回につき10人ほどの方がお話しされますから、延べにして250人もの方が、統合医療によるがん治療ついて語ってきたわけです。

 聴衆はがんの患者さんやご家族はもちろん、一般の方、医師や看護師、治療家のみなさん。サプリメントを扱っている業者の方も多数お越しになっていました。

 このイベントは毎年、土曜日曜の2日間にわたって行われます。私は第1回目からずっと演者として呼んでいただいていて、日曜日は講演などが入っていることが多いので、いつも土曜日のトップバッターで話させてもらっています。

 6日の講演は9時50分開始だったので、9時に控室に入りました。すぐあとに入ってきたのが、アメリカがんコントロール協会のフランク・コージノー会長でした。第1回目からの付き合いです。身長が2メートルはあるかと思えるほどの立派な体躯で、風貌も25年前とほとんど変わらない若々しさです。

 「いつまでも若いですね」

 そう言うと、

 「帯津先生も全然老けないね」

 いい笑顔で私の手を握りました。

 そこへ日本側の代表である森山晃こうじさんが入ってきました。森山さんは、日本がんコントロール協会の設立者です。細胞レベルでの最先端の栄養学を学んだ方だとお聞きしています。彼とも第1回目からの長いお付き合いです。

 「おかげさまで25回続きました」

 私の顔を見ると、森山さんは深々と頭を下げました。こういう会は、立ち上げることはできても、それを継続させることが難しくて、数年で終わってしまうことが多々あります。

25年も続いたのは、彼の情熱と使命感と根気の賜物です。それに経済力もないとできません。統合医療が広がるためには、こういう行動力のある情熱家が必要です。

 「25年間もよく続けてくださいました。森山さんのがんばりには敬意を表します」

 演壇に上ったとき、私は最初にそうあいさつをしました。

 20回目のとき、司会の方が、こんなふうに私のことを紹介してくれたのを思い出しました。

 「20年間1度も休まず話してくださっているのは帯津先生だけです」

 「そうなんだ」と驚きました。

 確か、4回目か5回目のころ、

 「もうネタがないよ」

 そんな弱音を吐いたことがありました。そしたら、森山さんが「そんなことないですよ」とちょっと怖い顔で言いました。

 「先生のようにきちんと臨床をやっている方はネタが尽きることがありません」

 うれしい言葉でした。

 確かにその通りで、1年たてば、新たなネタが出てくるものです。そうやって20年が過ぎ、今回の25回目も、当然のことですが、第1回目から話しているのは私だけです。この会が継続し、私が演台に立つ限り、記録はどんどん更新されます。破るのが不可能な記録です。

 講演が終わったあと、コージノー会長が舞台に上がってて、私にトロフィーを手渡してくださいました。感無量でした。 

 続けることは、人生において大事なことだと、改めて感じました。

小ホリスティック医学から大ホリスティック医学へ

 がんコンベンションで話した のは「大ホリスティック医学」に ついてでした。私は日本ホリス ティック医学協会の会長を 18 年 間勤めました。平成 26 年に辞任 しました。会長を辞したとき、私 の頭をよぎったのは協会に対し て貢献することがあっただろう かということでした。協会の活 動は理事会任せで、自らがリー ダーシップをとったことなどあ りませんでした。もし貢献する ことがあったとしたら、講演と 執筆といったところでしょうか。 会長になって数年くらいたった ころから、コンスタントに年間 100回の講演をこなしました。 18 年間だと1500回くらいで しょう。著書については、改めて 調べてもらったところ、会長を辞 めた時点で262冊。会長在職 中だけで230冊です。ホリス ティック医学をテーマにしての 約1500回の講演と230冊 の著書。十分な貢献かどうかは 何とも言えませんが、少しは役 に立つことができたのではない でしょうか。

  会長職を辞してしばらくして から、あるひとつの考えが浮か びました。有名な哲学者の西田 幾多郎がこんな言葉を残してい ます。

 「『全体』は、現実化したあり方 でとらえられるものではない。そ れはまさに“関係性の無限の広 がり”を意味する」

 これから自分がやるべきこと が見えてきた気がしました。ホ リスティック医学は人間まるご とを見る医学と言われています。 人間まるごとという現実化され たあり方をとらえた、言ってみ れば「小ホリスティック医学」で す。私はもう一歩進んで、関係性 の無限の広がりを求める「大ホリ スティック医学」をテーマにしよ うと思ったのです。

 そのきっかけを作ってくれた のは、私の同志である山田幸子 さん(元総看護師長)の生前法要 でした。長年、一緒に仕事をして きた彼女が、自分の仕事を十分 に肯定したからこその決心だっ たのだろうと思いました。彼女 が自分の仕事、人生を肯定する ことは、私がやってきたことも 是だったんだと、私は勝手に考 えました。自信をもって前へ進 もう! そう決心しました。人 間という階層の場にとどまらず、 素粒子から虚空まで、死後の世 界までを相手にしないといけま せん。

 どこまで進めるかはわかりま せん。途中で倒れても一向にかま いません。倒れるまでやり続け る。がんコンベンションもそうで すが、やり続ければ、共鳴してく れる人は必ず現れます。