帯津良一
vol. 122
<新しい時代の医学を作るのが「オルターナティブ・メディスン」>

 21世紀の文明を予測して書かれた『文明の未来』という本があります。ジェラルド・セレンティというアメリカ人の著書です。1990年代の本ですが、医療はどんなふうに予測されているのだろうと見直してみると、西洋医学に代わって「オルターナティブ・メディスン」が出てくると書いてありました。オルターナティブ・メディスンは、日本語にすると「代替療法」ということになります。

 代替療法というのは、簡単に言えば、西洋医学以外の治療法のことです。確かに、現代は代替療法花盛りの時代です。西洋医学にかわるまではいきませんが、1990年代に代替療法の地位や認識が高まると予言したのは立派だと思いました。

 長い歴史をもつ中国医学やインドのアーユルヴェーダ医学などの東洋医学、アメリカ・インディアンやアマゾンのインディオ、アフリカの諸部族や南太平洋の島々に住む人々が伝承した民間療法、アロマセラピーやホメオパシー、いろいろな食事療法、心理療法、すべて代替療法になります。

 歴史ある伝統医療にかかわっている人たちは、「代替」という言葉に抵抗感があるかもしれません。西洋医学の歴史は数百年、東洋医学は数千年ですから、特に明治時代に西洋医学が入ってきた日本では東洋医学の方が医学の本家だという意識があるのかもしれません。しかし、世界がアメリカを中心に動いている現状からすれば、東洋医学を代替療法と呼ぶのも仕方ないことかと思います。

 ただオルターナティブというのは、さまざまな意味があって、いわゆる代替品のような安っぽいものではないということも覚えておいた方がいいと思います。「社会通念を乗り越えていく」「現体制を乗り越えて向こう側に行く」という意味があります。

 「オルターナティブ・ソサイエティ」というのは、直訳すれば「別の社会」となりますが、そのイメージというのは、「今の社会通念や価値観を乗り越えた新しい社会」という非常に希望に満ちたものなのです。

 そう考えれば、「オルターナティブ・メディスン」というのは、現在の西洋医学中心の医学ではなくて、その先を行く医学のことです。代替療法にも夢が広がります。

 では、西洋医学の先をいく医学とはどういうものでしょうか。

 私は、西洋医学は「治しの医学」だと考えています。壊れた機械の部品を取り換えるように肉体を修理する医学です。これはこれでとても大切だし、病気を治すという意味で重要な役割を果たしてきました。しかし、それだけでは手に負えないがんのような病気が出てきました。これには西洋医学も手こずっています。なぜなら、西洋医学が得意としている領域は肉体で、がんのように、こころやいのちも関係してくる病気は苦手だからです。

 そこで必要になってくるのが「癒し」とか「養生」ということになってきます。この「治し」と「癒し」が統合されて未来の医学となるのです。

 今、代替療法がブームになっているのは、その過渡期だと考えていいと思います。これからは、西洋医学がいいのか代替療法がいいのかという議論は減っていって、治しも癒しもバランス良く含まれた医学になっていくのではないでしょうか。

 今、日本では団塊の世代の人たちがすでに高齢者となっています。2025年には後期高齢者(75歳)になります。マスコミは超高齢化で大変なことになると騒いでいますが、私はそうは思いません。

 バリバリと働いてきた団塊の世代の人たちが、肉体的な衰えを感じてきて、健康や長寿のことを考え始めます。彼らが考え行動することは、人数が多いだけに、世の中のトレンドになります。薬を飲むだけの老人では困ります。もっと意識を高めて、からだばかりではなく、こころもいのちも生き生きしているという老人を目指せば、医学は変わらざるを得なくなります。京大の本庶佑先生がノーベル賞を取って、免疫のことを多くの人が考えるようになりました。免疫を高めることで病気は予防できます。そのためには、何を食べてどう生きるかということがとても大切になってきます。そういうことがもっと多くの人に認識されていけば、自然に医学はいい方向に向かっていくはずです。

 年寄りが増えることは悪いことではありません。病気になりやすい老人が、自分たちを守るための医学について真剣に考え始めることで、新しい時代の医学が出来上がるのです。今の老人は、そういう意味でとても重要な役割をもっているのです。

<「生活習慣」「まわりの支え」「代替医療」ががんを減らす力に>

 日本ではがんによる死亡率が年々高くなっていますが、アメリカでは1990年代に入ってからがんによる死亡者数がだんだんと減りました。これは大変なことなのですが、いまだに日本ではそのことが大きく報道されません。

 私は、統合医療のオピニオンリーダーであるアリゾナ大学のアンドルー・ワイル博士に「どうしてアメリカのがんの死亡者数が減っているのですか」と聞いたことがあります。ワイル博士は、「いまさらなんでそんな分かり切ったことを聞くのだ」という表情で「禁煙に決まっているだろ」と答えました。確かに、アメリカは国をあげて禁煙に取り組んでいます。日本でも禁煙は広がっていますが、その集中力は比べ物になりません。

 確かに、禁煙を徹底したことでがんが減っているということはあると思います。

 しかし、それだけではありません。私が見るところいくつか理由がありそうです。

 ひとつ目は生活習慣に対する配慮や見直しが進んだということです。禁煙もそのひとつですが、ほかにも食事や運動についても真剣に考えている様子がうかがえます。ジョギングとかウオーキングとか、三日坊主というような情けないことはしません。やるとなったたらとことんやります。食事も、日本食ブームはずいぶんと長く続いていますが、健康にいいとなると、それを徹底するのがアメリカの国民性なのかもしれません。氣功やヨガをやる人も増えてきていると思います。

 ふたつ目は患者さんを孤独にしないということです。がんの患者さんというのは常に孤独を抱えています。理解のある家族と一緒に暮らし、温かく見守られていても、多くのがん患者さんが癒されない孤独を感じています。アメリカではそういう患者さんを本気になって支え、孤独にしないという考えが行き渡っています。特にアメリカという国は、ボランティア精神に富んだところですので、がん患者さんをボランティアで支えようと行動する人が増えています。きちんとした組織も作られ、がんの患者さんの孤独を癒すような動きが進んでいるのです。

 みっつ目が、オルターナティブ・メディスンが広がっていることです。アメリカはそもそも西洋医学の国です。だからこそ、西洋医学の長所と短所をよく知っています。西洋医学は万能ではありません。短所があればそれを補う必要があります。どうすればいいかとまわりを見回したら、東洋医学や伝統医療があるじゃないかということになりました。彼らはいいものは積極的に取り入れるという土壌をもっていますから、オルターナティブ・メディスンも広がっていきました。「治し」と「癒し」の統合という意味では、アメリカの方が一歩も二歩も先を行っています。しかし、日本はもともと代替療法と言われる医学が中心だった歴史がありますので、その気になれば大きく発展するだろうと思います。

 今あげた3つ、「生活習慣の改善」「患者さんを支える」「オルターナティブ・メディスンの広がり」は、すべて癒しの領域に入るものです。がんが見つかれば外科的に手術したり抗がん剤で殺したり、放射線で焼くという西洋医学=治しの医学のやり方とは違います。治しの医学だけでなく、癒しを取り入れ、それをとても重視することで、アメリカではがんで亡くなる人が減っているのではないのでしょうか。

 最後に「癒し」によって顔にできた皮膚がんが消えた例を紹介します。私の伯母で当時ですでに97歳という高齢でした。手術をするという手もありましたが、本人がいつも「生きていてもつまらない。死にたいよ」と言っていて、このまま死んでいくのは本望だと手術には首を縦に振りません。でも、何もしないというわけにもいきません。それで、免疫力を高めるサプリメントをすすめました。さらに、顔にがんができているわけですから、漢方薬の軟膏、抗がん剤の入った軟膏をガーゼにつけて、それを患部に貼りました。

 ガーゼはこまめに変えないといけないので、当時の看護師長が毎日のように伯母の家まで通ってくれました。そしたら目に見えて改善してきて、半年後にはすっかり完治して元の皮膚に戻っていました。

 101歳まで生きた伯母ですから免疫力は高かったと思います。その免疫力を引き出したのは、私が考えるに、看護師長が毎日出かけて行ってくれたことが大きかったと思います。行けば、機械的にガーゼを取り換えて帰ってくるということはありません。いろいろな話をして、伯母の愚痴も聞いてくれて、それが結果的に伯母の孤独感を癒したのです。サプリメントや漢方薬も補助的な役割を果たしたと思いますが、看護師長の支えが何よりもの力になったのではないでしょうか。癒しの力です。癒しはただの気休めではないということを認識していただければと思います。