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い氣い氣ピープル ハッピーライフ

by Yasuhisa Oharada

ボランティア活動で70歳を過ぎてから充実の日々

~埼玉県・和光市の恩田邦彦さん(79歳)〜

 若いころは「こんなことをやりたい」とか「ああなりたい」と夢をもって生きていたけれども、60歳を過ぎると、夢や目標もなくなって、何だか惰性で毎日を過ごしてしまいがちだ。それではいけない。元な先輩を探し出して、「ああなりたい」と、もう一度、スイッチをONにしたい。埼玉県和光市の恩田邦彦さんはもうすぐ80歳。地域のボランティア活動に飛び回る毎日を送っている。

気功体操と転倒防止体操を組み合わせた講座が人気に

小原田泰久 恩田さんとお会いしたのは、和光市にある「新倉高齢者福祉センター」。トレーニングルームに恩田さんの声が響く。

「ハイ、息を吸いながら手を上へ。吐きながら下へ。もう一度・・・」

 太極気功18式という気功体操を指導しているところだ。参加者は、見たところ70代、80代の男女10人ほど。みなさん、恩田さんの号令に合わせて手を上げたり下げたりしている。気功体操がラジオ体操と違うのは、ゆっくりと動くことと、呼吸を大切にしているところのようだ。

 隔週土曜日の午後1時から2時半まで、恩田さんの講座がある。

小原田泰久 前半は太極気功18式。たっぷり時間をとった休み時間があって、後半は転倒防止体操。椅子の背をもちながら、足を上げたり伸ばしたりする。その場で爪先立ちをして、すとんとかかとを落とす。簡単にできる運動ばかりだが、やってみると汗がじわっとにじんでくる。ちょうど筋肉や骨に適度な負荷がかかるという感じだ。

 太極気功18式で健康を維持し、転倒防止体操でけがを防ぐ。

「私はもともと虚弱体質でした。生まれたときには、この子は1歳までに死ぬと言われたみたいです。1歳は無事に超えることができましたが、それでも病気ばかりをしている子どもでしたね。小学校へ入ると、中耳炎がなかなか治らなかったり、肺門リンパ腺炎になって、それでも学校へ通っていましたが、6年生のときはついに1年間休学することになりました。高校生のときには甲状腺肥大で苦しみましたし、大学へ入っても、すぐに気分が悪くなって通えなくなり、親にもずいぶんと心配をかけました」

 にこやかな表情で、遠い昔の苦労を語ってくれた。就職してからは、少しは体力がついたのか、疲れやすくはあったけれども大病をすることはなくなったようだ。それでも、常に体調不良の不安はつきまとっていた。それだけに、健康の大切さは、だれよりもよくわかっている。特に高齢になれば、ただでさえも病気が近寄ってくる。少しでも病気から遠ざかり、健康に暮らしたいという思いで始めたのが太極気功18式だった。

小原田泰久「この気功体操に出あったのは10年ちょっと前です。難しくないし、すぐに気に入りました。これは健康のためにいいと、自分の感覚でわかりました。

 こんないいものは自分だけでやっているのはもったいない。まわりの人にも教えてあげたいということでインストラクターの資格をとりました」

 独り占めできないのが恩田さんの性格だ。さっそく和光市にボランティア登録をした。すると、たくさんの方から申し込みがあり、25人という大人数でスタートを切ることになった。しかし、太極気功18式だけだと、1時間半の講座なのに、30分ほどで終わってしまう。何かプラスしないといけない。恩田さんは考えた。

小原田泰久「高齢になると、健康であることともうひとつはケガをしないようにすることが大切だということに気づきました。足腰が弱ってちょっとしたことで転倒して大ケガをしてしまいます。

 私の知り合いにも、転んでケガをして入院したり、寝た切りになった人が何人もいます。ちょっとした運動で転倒が予防できればいいと思い、講習会に出たり、テレビや雑誌で知った体操を組み合わせて、オリジナルの転倒予防体操を作りました」

 高齢者に必要は健康と転倒防止。この組み合わせは絶妙だと思う。

 すぐに人気の講座になり、ほかの公民館からも「やってくれないか」というオファーがある。

マジックと笑いを組み合わせて観客と一緒に楽しむ

 恩田さんがやっているのはこれだけではない。マジックショーも人気の講座だ。

「マジックはもともと興味がありました。勤めているときにも一度習いに行ったことがあります。でも、仕事が忙しくて途中でやめてしまいました。

 退職後、和光市で講習会があったので、すぐに申し込みました。楽しいですね。今は何十個もできますよ」

 あちこちからオファーがあると言う。町内会や福祉施設、生協の関係、隣の朝霞市からも頼まれ月に2回出かけて行く。

「人気のコツって何ですか?」

 素朴な疑問をぶつけた。失礼ながら、70の手習いではプロの腕前というわけにはいかないだろう。それでもこうやって声がかかるのには何か理由があるはずだ。

「しいてあげれば『笑い』かな」

 笑い? マジックと笑い。どんな関係があるのだろうか。

「ボランティアでマジックをやっている人は、みんなまじめな顔をしてニコリともしません。観客との距離が遠いんですよ。

 私は、笑顔を大事にしようと思って、笑い療法士という資格を取りました。笑いは健康にもいいって言うじゃないですか。

 だいたいマジックに失敗はつきものですよ。そのときに慌てるのではなく、笑顔でいると、観客の方も一緒になってハラハラしたり、笑ったります。

 そのときに、ニコニコしながら笑いと健康の話をしたりします。マジックと講義が入り混じったようなショーですね。

 どうして笑うと健康にいい 笑い方にもいろいろあるとか、話す材料はいっぱい仕入れていますので、状況を見ながら、笑いの大切さをお伝えしています。みんなで楽しめるように工夫しているのがいいんじゃないかと、自分では思っています」

 なるほど。ただマジックをやるだけではなく、そこに笑いや健康の話を組み入れたところがミソなのだ。太極気功18式と転倒予防体操を組み合わせたり、恩田さんは合わせ技が得意のようだ。

「でも、サラリーマン時代の私を知っている人は、あの仕事一筋でくそまじめな恩田がマジックをやっているって、私の変身ぶりにびっくりしているみたいですよ」

 どこでどうなったんだろうと楽しそうに笑う。今は、月に10日ほど、ボランティア活動で外に出ている。その準備もあったり、情報を仕入れるために勉強会にも出かけているので、なかなか多忙な日々を送っている。

「でも、楽しいことをやっていると疲れませんね。また来年もお願いしますと頼まれるのが最高の生きがいですね。これからも続けたいので、スポーツジムへ行って、体を鍛えたりもしていますよ。人前で話すと姿勢も良くなります。いいことばかりです。

 70歳を過ぎてから、人生がどんどん充実していきますね」

 虚弱体質だった恩田さんや企業戦士だった恩田さんが、今の恩田さんを見ればどう思うだろうか。たくましく頼もしい80歳。まだまだ歩き続ける。

掲載:2019年4月