WEB限定記事

い氣い氣ピープル ハッピーライフ

by Yasuhisa Oharada

一人ひとりのいいところを引き出してあげたい

~愛知県・つくし学園塾長 伊藤さん

 20代前半で塾を始めて30年。平成13年に不登校の生徒を預かったことがきっかけで、学校へ行けなかったり、引きこもっている居場所のない子たちの支援も行うようになった。今では寮も完備している。愛知県の伊藤文敦さん(53)の活動を紹介したい。​

畑で働くことで生活のリズムが整い、前向きに生きられるようになる

小原田泰久 「農場へ行っていまして」
 伊藤さんから電話があったのは夜も8時を過ぎたころだった。
「農場・・・?」
塾と農場とがすぐにはつながらなかった。話を聞いて納得。彼は塾の活動の一環として野菜作りに取り組んでいるのだ。
「塾をやって感じたのは、今の子たちは自然体験が欠如しているということでした。それで、近所の畑を借りて農業を始めました。今は5反(1反は10㌃=1000㎡)ほどの畑を借りています」
 伊藤さんが塾長をつとめる「つくし学園」。始まりは普通の進学塾だった。今では、フリースクールや通信制高校のサポート校としての側面もあって、さまざまな境遇の人たちが通ったり、寮で暮らしている。もともとは塾の2階を寮にしていたが、手狭になったので、2016年に近くの旅館を買い取って、そこを寮として使っている。
小原田泰久畑仕事も、塾のプログラムの一つとなっていて、伊藤さんとスタッフ、塾生が一緒になって、畑を耕したり、種をまいたり、苗を植えたり、収穫をしている。種をまくと芽が出て、成長して作物ができる。ゲームの世界ではない。リアルな現実の中で野菜を作り、実ったときの喜び、食べたときの感動を体験することが、子どもたちの生きる力につながっていくのだろう。
「ただ見ているだけでは作物は育ちません。体を使ってお世話をしないといけません。作物ができたら産直の売り場で販売します。いろいろな人と話をします。彼らにとってはすべてが新鮮な体験です」
 寮では10人の子どもが生活している。不登校だったり引きこもりだったり、一般的には社会に適応できない子たちだ。そういう子たちが、午前中は勉強をして、午後は農作業をするという生活を繰り返していくうちにどんどん変化していくと言う。
「農作業も、最初は嫌がる子もいます。でもやり出すとはまってしまいますね。午後、ずっと畑で働くと、体はくたくたです。お腹もすきます。寮へ帰ると、ご飯を食べて、お風呂に入ると、すぐに寝てしまいます。
不登校や引きこもりの子は、昼は寝ていて夜になるとゲームをしてずっと起きていることが多いのですが、ここでは『寝ろ』なんて言わなくてもぐっすり寝ています」
生活リズムが整うと、何かをやろうという意欲も出てくる。人と接することも平気になってくる。
「勉強ができないとか、問題行動があるとか、学校では評価されない子でも、いいところはたくさんあります。一人ひとりのいいところを引き出してあげられればいいなと思っています」
 農業をするのも、そのひとつの手段ということだろう。​

過去の体験をだれかに受け止めてもらえると変わることができる

 つくし学園を利用するのに年齢制限はない。まれに30代、40代の人たちが入塾することもある。
20代後半の引きこもりの男性。親御さんが知り合いからつくし学園のことを聞いて相談に来た。家庭内暴力があるとのことだった。
「本人に納得してもらうため、どういうところなのか、何をするのか、説明をしに行きます。親に依存しすぎているのではないかとか、人とかかわっていくことが大切だという話をします。そうすると、だいたいは自分から行くと言ってくれます。このままではいけないということは自分が一番知っているのだと思いますね」
小原田泰久この20代の男性は、最初は自転車で通ってきた。通ううちに「気持ちが楽になった」と言い出した。こんなにも気持ちが変わるならと、寮に入ることになった。そして、農業を一生懸命にやり始めた。
「最初は、被害妄想なのか、会う人、会う人の悪口ばかりを言っていました。私は、毎日2時間くらい話を聞いていました。しばらくすると悪口を言わなくなりました。彼は1年ほど寮にいました。今は家へ戻り、アルバイトに行っています。暴力をふるうこともなくなりました」
また、何年も引きこもっていて、この4年間、母親としか話していないという高校生の男の子。兄弟もいるのだけれども、ひと言も話さなかったそうだ。ご飯もあまり食べずにやせ細っていた。
「寮で生活をするようになったら、まわりの人とも平気で話すようになりました。ご飯もたくさん食べています」
環境が変わったことが大きかっただろう。同じ境遇の仲間たちがいる。自分を理解してくれる人たちがいる。そして、自分で決心して行動したことは自信にもつながっただろう。
「過去の体験をだれかに受け止めてもらえると、生徒は目に見えて変わっていきますね」
生徒たちとかかわっている中で、変わる瞬間というのがあるそうだ。伊藤さんの長年の経験の蓄積によって磨かれた感覚だろうと思う。その瞬間を見逃さない。その瞬間こそ、彼らが自分の内面を語る準備ができたときだと言う。徹底的に彼らの話を聞く。それが引き金となって、彼らは大きく変わっていくのだそうだ。
もうひとつ、つくし学園ならではの特徴は、プログラムに気功やヨガが組み込まれていることだ。
小原田泰久「毎日、休憩時間には気を受けたり、ヨガをやる時間を設けています。週に一度はまとめて気を受け、そのあとシェアリングをします。一人ひとりが親や仲間にしてもらったこと、良かったことを振り返って発表します。
励みノートという日記も毎日書いてもらっています。これも、してもらったことや良かったことを書くというルールです。
不登校になったり引きこもる子は、どうしても被害者意識が強かったり、悪いことばかりに目が向く傾向があるので、意識の方向を変えるためのプログラムです」
最初はネガティブなことしか発表できなかったり書けない子も、気を受けながらシェアリングや励みノートを続けていくうちに気持ちが変化してくると言う。
「気功やヨガを加えることで、表面的な部分だけでなく、根っこの部分に働きかけられるのではないでしょうか。変化が早いと感じています」
不登校や引きこもりの子たちが生きやすい場所作り。彼らのいいところが引き出せるかかわり方。これからの社会のあり方を考える上で、モデルになり得る活動だ。伊藤さんの活躍を大いに期待したい。

●つくし学園
愛知県津島市南新開町1丁目286
TEL0567-27-4433
ホームページ
http://tsukushigakuen.com/