Tacae Nakagawa

Professional Singer

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音だますいっち Vol.18

中川貴恵 最近は街を歩いていると、マスクを着けていない人はほとんどいません。こんな日が来るとは思ってもいませんでした。私はマスクが好きではなく、こんな事にならなければ、着けて歩く人ではありませんので、毎日良く頑張っているなぁと思います。

 歌を歌っていると、よく「喉を大事にしてるんでしょう?」と聞かれます。だいたいは皆さん、冬の時はマスクを着けて、家では加湿器を付けて、お酒は飲まず、辛いものを食べずに過ごしているのでは?と思われます。歌の仲間の中ではそういう人もいます。私もかつてはそんな時もありました。しかし、今はあまり氣にして過ごしていません。氣にするとすれば、歌う前日はあまりお喋りしすぎない事と、歌う直前に飲む物に氣を付けるくらいです。

 音大の学生時代、試験が近くなると睡眠時にマスクをして、冬場はエアコンを付けて、加湿器で部屋をむんむんとした状態で寝ていました。ところが、試験当日になると声がでなくなってしまう事が何度かあったのです。喉が重く、声が無くなる感覚で、話をする事すらできなくなりました。これは大変!と行きつけの耳鼻科へ行くと、ニンニクの臭いがしてくる太〜い注射を3分かけて打たれます。その後、多少良くなった氣にもなるのですが、やはり思うように声は出ず、試験は散々な結果になりました。

 父がその時に「邪氣だな。歌で戦おうとする、そこに邪氣が寄ってくる。」と言っていました。邪氣とは今で言うところの、マイナスさんですね。「上手く歌って高得点を取る!」と皆が思っている戦いの中で、「私は上手く歌えるだろうか?失敗するのでは?」というマイナスな考えが、次々とマイナスを呼ぶのでしょう。当時もその事は、理解はできたものの、なかなか解決はできませんでした。なぜならば、戦いの中で楽しく歌う事ができなかったからです。

 ある日、人前で歌った時にとんでもない失敗をしました。もちろん、その後は自己嫌悪で自分を責めました。そうしているうちに「自分の実力はこんなもんなんだ」という事がすんなりと受け入れられたのです。それと同時に失敗した自分を許す事ができました。それどころか、失敗する人間味溢れた自分が可愛らしいとさえ思いました。その後は、何度か本番で「自分の今の力で歌えるだけ歌おう。背伸びはしない。」と決めて、心が楽になって楽しく歌える事が続いたのです。それからは、本番前だからといって、特別な事をするのはやめました。普段通り、普通にしている事こそが、大事だと思ったのです。

 マスクをすると、そんな昔の事を思い出します。早くマスク必須の世の中から解放されたいと願っていますが、そういえばずっと喉の調子が良いのはマスクのお陰なのかな?とも思います。これを機に、今後はマスクも活用して、自分の体と喉を大事にしようと思いました。