Tacae Nakagawa

Professional Singer

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音だますいっち Vol.23

 「お前のように、みんなを楽しませることのできる仕事はいいね」  

中川貴恵 その日は、翌日からイタリアへ行く準備をしていました。普段は忙しくしていて家にいない父が、私のそんな様子を見ながら、声をかけてきたのです。いつもは「オペラなんて解らないものやらないで、私の運転手にでもなりなさい」と言っていたので、「どうしたのー?」と言って笑っていたのですが、父は真面目な顔つきで「みんなを楽しませる事ができるのはいいね」と。そして「明日出発か〜、寂しいなぁ」と何度も何度も繰り返していた事が思い出されます。そのイタリアへ行っている間に父が亡くなりましたので、冒頭の言葉は、父が私へくれた最期の言葉となりました。  

 考えてみれば、幼い頃からお客様がいらっしゃると必ず「ピアノを弾いて」と父に言われ、渋々弾いていました。そして、ピアノの練習をしていると「ベートーヴェンとかシューベルトとか弾いても分からないから、もっと映画音楽の様な、誰にでもわかるものを弾きなさい」と言われたものです。それは、高校になって声楽専攻に変わっても、同じように「オペラなんて聴いてもわからないから、誰にでもわかる演歌とか歌いなさい」と言われました。やはり、お客様がいらっしゃると「何か歌いなさい」と言われたものです。気乗りはしませんでしたが、それが父流の「おもてなし」なのだと理解して、娘としてのお仕事だと思いピアノを弾いたり、歌ったりしていました。  

中川貴恵 父のその「音楽は楽しい」「お客様にも楽しんでもらおう」という「おもてなし精神」が今の研修講座での「音感行法」となったと思います。生駒での研修講座が始まる時に、父が「研修講座は朝から講義だけをやっていて疲れるから、歌のコンサートでもしないか?」と言ったのです。   

 そこから26年、音感行法をさせていただいていますが、その中で私もたくさんの事を感じ、音楽という学門をしていた所から、音を楽しむところへ辿り着いたように思います。昨年は残念ながら歌う機会が減ってしまいましたが、それもまた次に活動するための「準備期間」であったと思います。今後も氣持ちよく歌って、氣持ちよくお聴きいただけるよう、冒頭の父の言葉を胸に、歌い続けていきたいと思います。この原稿を書いている今日は、父の命日でしたので、ふと、そんな事を思い一年の抱負として書かせていただきました。