小原田泰久行動派たちの新世紀 vol. 203
月刊ハイゲンキ
2019年4月号 掲載記事

無人の古本屋さん。町の本屋さん復活のヒントがあるかも

オープンして5年。黒字経営が続いている

 話題になっている古本屋さんに行ってみた。新聞でもときどき紹介されている。JR中央線の三鷹駅から歩くと15分くらいだろうか。

小原田泰久 何が話題か。無人の本屋さんだということ。無人であっても代金を支払わずに本を持ち帰る人はいない(監視カメラはついていた)。「信用」「善意」のもとに成り立っている、たぶん日本にたった1軒しかない本屋さんだ(世界中探してもないかも)。

 商店街の一画の古い建物の1階にそのお店はあった。看板もないし、旗が立っているわけではない。人通りはけっこうある。しかし、ここが何のお店なのか、通りかかっただけではわからないだろうと思う。立ち止まって、入り口のガラス戸からのぞいてみると、本棚に本が並んでいる。ひょっとして古本屋かも。だけど、だれもいないし、入るのに躊躇してしまう。それでも、2013年にオープンし、ずっと黒字経営が続いていると言う。

 この古書店は「B O O K ROAD」と言うそうだ。看板がないから店名もわからない。ネットで調べてやっとわかった。24時間、無人のまま営業している。

 システムが面白い。

 「本の買い方」というパネルが壁にぶら下がっていた。かわいいイラストと手書き文字で、どうやって買うかが説明されている。

 本には裏表紙に値段が書かれたシールが貼ってある。500円が多い。300円もある。あと800円、1000円。値段によってシールの色が違う。

 私は500円の本を買った。値段の下に丸い黄色マークがあって、その下に500ガチャと書かれている。なんだ? このガチャというのは?

 入口のところに、よくスーパーなんかで見かけるガチャガチャが2台積み重ねられている。硬貨を入れてレバーをガチャっと回せば、丸いプラスチックのカプセルに入ったおもちゃが出てくるという、子どもたちが大好きな小型の自販機だ。ガチャポンとかガシャポンとか、いろいろな言い方がある。

野菜の無人販売が続いているのだから本もできるはず

 このガチャガチャに本の代金を入れる。上が300円用、下が500円用。お金を入れてガチャッとレバーを回すとプラスチックのカプセルが出てきて、その中にはビニール袋が入っているので、そこに本を入れて帰るという仕組みだ。小原田泰久800円だと上に300円、下に500円を入れる。1000円だったら下に500円を2回入れればいい。

 なぜビニール袋なのか。買う人への心配りだ。無人の店舗だから、「盗んだと思われるのでは」と、まわりの目を気にしてしまう人もいる。袋へ入れることで「買いましたよ」と意志表示になる。

 このお店のオーナーは大手IT企業のサラリーマンだそうだ。本が大好きで、家が本であふれ、奥さんに「何とかしてよ」と文句を言われたことがきっかけで、本屋さんをやろう! という気持ちになった。でも、自分には仕事があるから普通のお店はできない。人を雇ったら、確実に赤字になってしまう。

 そんなときに、野菜の無人販売を見て、このやり方がひらめいた。

 「こんなことやりたいんだ」とまわりに話しても、だれ一人「すごいね」「いいアイデアだね」とは言ってくれなかった。当然と言えば当然だろう。無人の本屋さんなんて聞いたことがない。まったく売れなかったり、ひどいときには盗まれて、「やっぱりダメだった」で終わりだろうと思われても仕方がない。普通の大人ならそう考える。

 だけど、野菜の無人販売はあちこちにある。いつごろからあるのかはわからないが、最近の話ではない。代金を支払わない人が続出すれば、こんなに長くは続かない。人の性善説を前提にした商売が成り立つことを、野菜の無人販売は教えてくれている。本だって同じじゃないか。オーナーはそう思ったのだろう。

 今の時代はユニークなことを始めれば、すぐにSNSで拡散される。

 「無人の本屋だって。面白そうだ」

 とばかりに口コミが広がり、あちこちから人が集まってきた。

 ただし、だれもが反応するわけではない。面白いと思っても、実際にお店にくる人となると限られてくる。このオーナーは面白いことを言っている。

 「無人の古本屋は、電車の中でお年寄りや体の不自由な人に席を譲るような人が利用してくれればいいのではないかと考えました」

 やがて、このお店を中心にして、電車で席を譲るようなやさしい人のコミュニティができるのではないかと想像する。きれいではない。おしゃれでもない。たった2坪程度の小さなお店から、すてきな人たちの輪ができる。すばらしい物語ではないか。実現しそうな気がする。

 もともと、本屋さんは文化の発信地だった。出版不況が長引き、いかに売るかに汲々としているところが多い。余計に人は離れていく。本をとおして人と人がつながっていく場所。この「BOOK ROAD」というヘンテコな本屋さんが注目されているということは、このお店に本屋さん復活のヒントがあるからではないだろうかと思う。