〜行動派たちの新世紀 vol. 207
月刊ハイゲンキ
2019年8月号 掲載記事

憲法をもっと知ろう!「五日市憲法」が市民の手で映画化された

 本誌2018年8月号の対談に登場してくださったのは歴史研究家の新井勝紘先生。50年前に東京多摩地区、五日市の開かずの土蔵から「五日市憲法草案」を発見した。以来、この憲法草案や、起草者の千葉卓三郎についての研究を続けてきた。東京都羽村市の市民が中心になって活動する「憲法を勉強する会」が「五日市憲法」を映画化(タイトル『みんなの憲法』)。6月23日に新井先生の講演会と映画の発表会が行わた。

憲法とは何か?もっと勉強して知る必要がある

 東京都羽村市。青梅市の東隣り。人口6万人弱の小さな市だ。五日市憲法草案が見つかった五日市のあるあきる野市とも接している。『みんなの憲法』を制作したのは、羽村市の住民たちが集まって作った「憲法を勉強する会」(以下、勉強する会)。

 そもそも勉強する会は、「憲法を改正するか否か」という議論がなされる中、自分たちは憲法のことをどれだけ知っているだろうかという問いかけから始まった。少しでも憲法のことを知ろうと弁護士らを呼んで勉強会を続けてきた。

 憲法改正は国民投票で決まる。改正するかどうかを決定する国民は、どこまで憲法のことを知っているのだろうか。「何となく」というレベルで投票する人もたくさんいるだろうと思う。

 憲法と法律と混同しがちだが、両者は目を向けている方向がまったく違う。憲法は国民の権利や自由を守るために国がやってはいけないことを定めた決まりであり、法律は国民が守らなければならない規則のこと。つまり、憲法は国家権力への縛りであり、法律は国民への縛りということになる。憲法があるからこそ、国家権力は好き勝手ができない。もし、政府に都合いいように憲法が変えられてしまえば、小原田泰久私たち国民の権利や自由にも大きな影響が及ぶわけだ。国のあり方も変わってしまう。憲法改正というのはそれだけ重要な問題なのだ。

 勉強する会の人たちは、新井先生の著書『五日市憲法』を読み、五日市憲法草案にほれ込んだ。

 五日市憲法草案が作られたのは明治の初めのころ。明治政府はできたものの、国会も憲法もない。権力者が自分たちの都合のいいように国を動かしていた。これではいけないと、全国津々浦々で日本を民主主義国家にすべく活動が始まった(自由民権運動)。国会を開設しろ。憲法を作れ。彼らは政府に要求した。しかし、政府はなかなか動かない。そこで、各地で結社が結成され、憲法の草案が作られた。五日市憲法草案もそのひとつ。結局、政府は草案を参考にせず、独自の憲法を作って発表した。それが大日本帝国憲だ。

 「あれこそ政府からの押し付け憲法ですよ。草案ははるかに進歩的です」(新井先生)

若い人たちに憲法に関心をもってもらおうと映画を制作

 勉強する会のメンバーは、草案に「国民主権」「外国人の権利」「子どもの教育」「地方自治の独立」など、今の時代でも参考にすべき重要な条文が並んでいることに驚いた。命をかけて自由を勝ち取ろうとした若者たちの情熱が伝わってくるようだった。

 「若い人たちに憲法の大切さを知ってもらいたい。そのためには映像で伝えるのが一番だ」18歳以上に選挙権が与えられている。若い人たちが憲法をどう理解するかは、とても重要なことだ。

 思い立ったが吉日。彼らは映画を作ろうと立ちあがった。しかし、だれも映画など作ったことがない。市民の知恵や力を借りるしかない。手探りの映画作り。市内の劇団に声をかけ、新井先生にも相談した。シナリオ作り、撮影、編集は自分たちでやった。そして、今年の4月についに40分の短編映画が完成した。

 映画は女子高生が宿題で頭を悩ましているところから始まる。

 「憲法って何だろう?」「憲法はどうやってできるのか?」

 そんなことを考えたこともなかった。考える必要があるのだろうか。やる気のない女子高生。そこへ現れたのが、着物姿の青年。彼こそ、五日市憲法草案を起草した千葉卓三郎だった。

 千葉は宮城県の生まれ。16歳で戊辰戦争に参加。手厳しい負け戦を体験した。その後、各地を転々としながら数学、医学、宗教など、さまざまな知識と経験を積んだ。頭脳明晰、知識も豊富、理論家でありリーダーシップもあった。五日市では、深沢家という豪農の庇護を受け、自由民権運動をこの地でも広げた。勉強会を開き、ついには憲法草案を作り上げた。

 女子高生は、最初のうちは憲法のことを熱く語る千葉がうっとおしくてたまらない。憲法の重要性が彼女にはわからないのだから無理もない。

 しかし、何度も千葉の話を聞くうち、徐々に憲法というのは、国民が自分たちの身を守る上でとても大切なものであることに気づく。もっと憲法のことを詳しく知りたいと、新井先生宅を訪ね(新井先生本人が出演している)、五日市憲法草案についてのレクチャーも受ける。そうやって彼女の目は徐々に開かれていくのだ。

 この女子高生のように、五日市憲法草案を知ることで、憲法とは何か?ということを若い人たちに知ってほしいという意図が伝ってくる内容だった。

 発表会の当日。80人の定員となっていたが、倍以上は入っていただろうと思う。椅子席に加えて、前方には座布団席。それでも席がなくて立ち見の人まで出る盛況ぶりだった。

 地元で発見された歴史的な文書。全国的にとても注目されている。この地域に住んでいる方々にとっては誇りに思えるような存在で、「多摩地域が生んだ宝」という言い方をしている人もいる。

 しかし、悲しいかな、観客は中高年ばかりだった。若い人の姿はまったく見つけることができなかった。若い人たちの憲法への関心は、映画の中の女子高生と同じレベルかそれ以下だろう。このままの状態が続けば、日本という国がどう変貌していくか、楽観的な気持ちになることはできない。

 間もなく参議院選挙がある。その結果次第で、憲法を改正するかどうかの国民投票も現実化してくる。少しでも多くの人が憲法に関心をもち、きちんと自分の意志をもって投票が行われることを望みたい。