ハイゲンキ〜行動派たちの新世紀 vol. 210
月刊ハイゲンキ
2019年11月号 掲載記事

自然と共生できて 多様性のある社会作りを目指す

 農薬も肥料も使わない自然栽培が広がっている。安全で安心な食べ物をという思いはもちろんだが、特に若い人たちの中には生き方を模索して自然栽培を始める人もいる。自然を支配するのではなく、自然とともに生きること。そんな生き方の転換が、自然栽培の広がりから見えてくる。

大きかったり、小さかったり。不揃いの野菜を見るたびにほっとする。

 「お百姓さんになりたい」というドキュメンタリー映画が公開された。埼玉県の三芳町というところで自然栽培をしている明石農園の1年を撮ったものだと言う。明石農園には2度ほど見学にうかがったことがある。若い農園主の明石誠一さんがていねいに畑を案内してくれた。

 印象に残っているのは、できるだけ畑にあるものは持ち出さず、畑の外からは持ち込まないという姿勢だった。たとえば、刈った草をどうするか。

小原田泰久 その草は畑の隅に積み上げておく。そうするとどうなるか。土に変わっていくのだ。最初のうちは虫も発生する。しかし、土に変化するにつれて虫はいなくなる。草から変化した土に触らせてもらった。さらさらしていてとても気持ちがいい。自然の摂理を目の当たりに見た気がした。

 「畑にあるもので無駄なものは何一つないですよ」

 確か、そんなことを話してくれた。映画では、明石さんの自然を見るまなざしが描かれている。

 彼の社会に対する問題意識は小学生のころから芽生えていたようだ。

 「だれもが自分らしく生きられる社会は作れないものか」

 サッカー少年だった。プロサッカー選手になりたくて体育大学に進んだ。運動能力には自信があったが、体育大学には自分よりもはるかにレベルの高い人がごろごろいた。進む道はそちらではないと知った。自分探しが始まった。何をしたいのだろうか?

 さまざまな仕事を見て歩くうち、「農業」というキーワードが見つかった。しかし、ただの農業では自分を表現できない。もっと自然を大切にした、自然と共存する農業があるはずだ。

 28歳のときに4アール(1アールは10メートル×10メートル)の荒れ地を借りて畑を始めた。農薬や化学肥料は使わない。そう決めたものの簡単にできるはずもない。試行錯誤の日々が続く。幸い、この地域には同じような農業を目指す仲間がいた。彼らと支え合いながら一歩一歩、前へ進んでいった。

 種も市販のものを買わず、すべて自己採種でまかなっている。種をまいて芽が出て実がなり、それを人間がいただき、種を取ってそれをまく。そこからまた芽が出る。そういう循環こそ自然のあり方だから。

 市販のものだとほぼ同じ大きさ、形の作物ができる。市場が喜ぶ野菜の形だ。しかし、それでいいのだろうか? 大きいのがあったり、小さいのがあったり、いびつな形だったり、多種多様なものが一緒に育つのが自然ではないだろうか。不揃いな野菜を見ることで、彼はほっとすると言う。人間社会だって同じじゃないだろうか?

農業をしたいと明石農園を訪ねてくる若者たちが増えている

 農業を始めて16年になる。まだまだ失敗は多いが、それでも自分なりのやり方は確立できつつあると言う。明石農園の特徴のひとつが都市近郊での農業だということ。まわりには住宅地も広がっている。自然栽培の畑は、雑草の力を活用するため、ほとんど除草をしないところも多いが、それではまわりに迷惑がかかってしまう。明石農園の畑は従来の農地と同じように雑草のない畑となっている。しかし、その分、先ほど言ったように刈り取った草を土に変えたり、緑肥と言って、畝の溝に草を重ねて肥料にしている。自然栽培だから草だらけの畑でいいのだというかたくなさは彼にはない。まわりの人や畑との調和をもってこそ、長く続けられる。もちろん、農薬や化学肥料のことを悪く言うことはない。やり方においても、彼は多様性を重んじているのだ。

 「自然栽培というと特別なことのように思われますが、もともとの農業は自然栽培しかなかったわけです」

 元に戻るだけのことだとあっさりしたものだ。まったく力みがない。

 そんな明石さんのもとに、昔の彼のように農業で自分を表現したいという若者が集まり始めた。農業などやったことのない都会の若者だ。鍬ももったことがない。土に触れる機会もそれほどなかった。

小原田泰久 現代社会に生きづらさを感じているのかもしれない。競争の中に身を置いて生きることがつらい。もっと自然のリズムで生きたい。そんな若者。彼らは一般的に言えば社会からドロップアウトした人間だ。しかし、ひょっとしたら、彼らは本来の人間の生き方に目覚めつつある進んだ人たちかもしれない。

 明石さんは、そんな農業初心者にゼロから農業のことを教えている。耕運機も使えなかった人が、手際よく畑を耕すようになるのにそれほど時間がかかるわけではない。明石農園に通ううちに、明石さんが言う自然と共生する意味が少しずつわかってくる。最初は逃げ場所として明石さんを頼ってきた人たちも、やがては農業の大変さと魅力を知り、チャレンジする気持ちを持ち始める。すでに10人以上が明石さんの指導によって農家として自立したそうだ。そういう人たちが情報交換をしながら、さらに前へ進んでいく。

 明石農園には障がいのある人たちもよく訪れる。不自由な体であっても、明石さんらスタッフがずっと付き添うので、時間はかかるけれども、自分で収穫する喜びを感じることができる。障がい者が生きやすい社会を作るのも、彼が自分に課した大切なミッションだ。

 近くの雑木林では楽しいコンサートが開かれる。近所の人ばかりではなく遠くからも駆けつけてくる。終わったら畑で取れた作物を使ってのバーベキュー。そうやって雑木林の大切さも訴えていく。

 自然とともに生きる明石さんのライフスタイル。一朝一夕にできるものではないが、未来を考える上で参考になるはずだ。

 

●上映スケジュールや自主上映については、

 https://kiroku-bito.com/ohyakusho-san/

 明石農園 akashiyasai.com/

 Tel:049-257-3330