会長対談が行われたころ、吉藤さんは120センチほどの大きさの新しいOriHimeを製作していた。どんなふうに使うのか聞くと、カフェの接客ができないかと考えているという答えが返ってきた。外出できない人が、大型のOriHime(正式名称:OriHime-D)を遠隔操作してカフェで注文を取ったり、飲み物を運んだりできないかと、吉藤さんの頭の中ではイメージが膨らんでいた。
それが実現して、今回のお披露目となったのだ。
「これは実験の場です」
吉藤さんは言った。実際にお客さんを集めて、パイロットと呼ばれる人たちがOriHime-Dを遠隔操作して、本当にうまくできるのかをチェックする場を作った。
会場にはテーブルが6卓並べられていた。1テーブルに6人が座れる。テーブルの上にはオリジナルのOriHimeが1台。このOriHimeが注文を取ってくれる。しばらくすると、OriHime-Dが注文した飲み物を運んでくれるという段取りだ。働いているOriHime-Dは3体。1体が2つのテーブルを担当している。
テーブルの上のOriHimeのパイロットは18歳の太洋君。彼は高校生のときに交通事故で脊髄を損傷し、首から下が麻痺している。
「車で寝ているときに事故にあって、気がついたら病院のベッドの上だったのでびっくりしました」
会話はできるが手足が動かせないので、口を使ってパソコンを操作していると言う。若くして寝たきりになり、絶望の日々だっただろうと思う。しかし、OriHimeによって外の世界とつながることができたのは大きな救いになったと話してくれた。
しばらく太洋君と話していると、Orihime-Dがやってきた。両手で紙コップに入っている飲み物を乗せたトレイを持ちテーブルの横に立った。現時点では、お客さんがトレイから飲み物を取らないといけない。
「今、飲み物を手で持ってテーブルの上に置く機能をテスト中です」
吉藤さんが説明してくれた。「ちょっとデモンストレーションを」
1体のOriHime-Dが紙コップを持ち上げ、テーブルに置く動作にチャレンジする。遠隔操作をしているパイロットも慣れていないのだろう、緊張感が伝わってくる。見る側も息を止めて分身ロボットの手もとを見つめる。
持ち上げるときに少しだけ中身が床にこぼれたが、何とかテーブルの上に飲み物を置くことができた。拍手、拍手。みんなの感動はパイロットにも伝わったはずだ。遠く離れているのに空間を共有できている。何なのだろう。不思議な感覚だった。
我がテーブルに来てくれたのはエミさん。OriHime-Dを通してお話をする。もともとは東京で働いたが、今は大阪の病院に入院中だそうだ。重い心臓の病気で、移植を待っているのだと話してくれた。
とても明るい声。目の前には無表情なロボットがいるだけなのに、なぜか彼女の顔が想像できて、まるでそこに生身のエミさんがいるような感じだ。
入院したり、寝たきりになると、社会から隔絶されてしまう。せっかく身につけたスキルも役に立てることができない。しかし、この分身ロボットがいれば、自分の能力が生かせる。
吉藤さんの秘書をしていた番田雄太君を思い出す。彼は4歳のときに頚髄損傷で寝たきりになった。吉藤さんと知り合い、OriHimeを操作することで、吉藤さんの仕事を手伝い始めた。スケジュール管理、名刺の整理など、彼は一所懸命に働いた。その彼の働きが、今回のカフェ構想の原点になっている。番田君は2017年に28歳で亡くなったが、大きな足跡を残していってくれたと思う。
1時間ほど分身ロボットカフェで過ごし、とても温かな気持ちで家路についた