月刊ハイゲンキ〜行動派たちの新世紀 vol. 211
月刊ハイゲンキ
2019年12月号 掲載記事

寝たきりの人がカフェで働ける。分身ロボットOriHime-Dの可能性

 難病で寝た切りだったり、長期に入院している人が、自宅や病院にいながらにして仕事ができないものか。遠隔操作型の分身ロボットを使って外出困難な方がカフェで接客を行なおうという試みが東京都内で行われた。

遠く離れていても、まるでその場にいるような感覚を味わえる

小原田泰久 難病で寝た切りだったり、長期に入院している人が、自宅や病院にいながらにして仕事ができないものか。遠隔操作型の分身ロボットを使って外出困難な方がカフェで接客を行なおうという試みが東京都内で行われた。遠く離れていても、まるでその場にいるような感覚を味わえる

 分身ロボット「OriHime」の開発者・吉藤建太朗さんは、2016年3月号の会長対談に登場してくれている。自らが長く引きこもりの生活をしていた経験から、何らかの事情で外出できなくなった人がいかにすれば社会とつながることができるかを模索し、ロボット製作の知識と技術を生かして、自分の分身となれるOriHiomeを開発した。

 もともとのOriHimeは高さ20センチほどで、カメラ、マイク、スピーカーが搭載されていて、インターネットを通して操作できるように作られている。宇宙人を連想するようなのっぺりとした顔、小鳥の羽のような手がついていて、無機質に見えながらも、不思議と豊かな表現力を醸し出している。

 OriHimeをどう使うのか?

 たとえば、長期に入院しているお母さんがいたとする。家で子どもたちはどうしているだろうか?

 お父さんはきちんとご飯を作っているだろうか? あれこれ気になることがあるだろう。そこでOriHimeが登場する。居間のテーブルの上にOriHimeを置いておく。お母さんは病院でパソコンやタブレットを使って遠隔操作する。右を見たり、左を見たり。子どもたちが帰ると、「今日は学校で何をしたの?」といった会話が始まる。「今日、テストで100点取ったよ」と子どもがOriHimeに誇らしげにテスト用紙を見せる。母親はパソコンの画面でそれを見ることができる。そして、遠隔操作でOriHimeの手を動かし、パ

チパチと拍手する。

 あるいは結婚式。遠くに住むじいちゃん、おばあちゃんを呼びたいけど高齢で出席できない。そこでOriHimeが代わりに親族のテーブルにつく。おじいちゃん、おばあちゃんは、家にいながら、OriHimeを通して、新郎新婦の姿を見ることができる。お祝いの言葉をかけることもできる。拍手をしたり、バンザイをすることもできる。できないのはおいしい料理を食べることくらい。OriHimeのおかげで、孫の結婚式に出席した気分になれるのだ。

 そんな画期的なロボットが「OriHime」なのだ

120センチのロボットがコーヒーを運んでくれる

 会長対談が行われたころ、吉藤さんは120センチほどの大きさの新しいOriHimeを製作していた。どんなふうに使うのか聞くと、カフェの接客ができないかと考えているという答えが返ってきた。外出できない人が、大型のOriHime(正式名称:OriHime-D)を遠隔操作してカフェで注文を取ったり、飲み物を運んだりできないかと、吉藤さんの頭の中ではイメージが膨らんでいた。

 それが実現して、今回のお披露目となったのだ。

 「これは実験の場です」

 吉藤さんは言った。実際にお客さんを集めて、パイロットと呼ばれる人たちがOriHime-Dを遠隔操作して、本当にうまくできるのかをチェックする場を作った。

 会場にはテーブルが6卓並べられていた。1テーブルに6人が座れる。テーブルの上にはオリジナルのOriHimeが1台。このOriHimeが注文を取ってくれる。しばらくすると、OriHime-Dが注文した飲み物を運んでくれるという段取りだ。働いているOriHime-Dは3体。1体が2つのテーブルを担当している。

 テーブルの上のOriHimeのパイロットは18歳の太洋君。彼は高校生のときに交通事故で脊髄を損傷し、首から下が麻痺している。

 「車で寝ているときに事故にあって、気がついたら病院のベッドの上だったのでびっくりしました」

 会話はできるが手足が動かせないので、口を使ってパソコンを操作していると言う。若くして寝たきりになり、絶望の日々だっただろうと思う。しかし、OriHimeによって外の世界とつながることができたのは大きな救いになったと話してくれた。

小原田泰久 しばらく太洋君と話していると、Orihime-Dがやってきた。両手で紙コップに入っている飲み物を乗せたトレイを持ちテーブルの横に立った。現時点では、お客さんがトレイから飲み物を取らないといけない。

 「今、飲み物を手で持ってテーブルの上に置く機能をテスト中です」

 吉藤さんが説明してくれた。「ちょっとデモンストレーションを」

 1体のOriHime-Dが紙コップを持ち上げ、テーブルに置く動作にチャレンジする。遠隔操作をしているパイロットも慣れていないのだろう、緊張感が伝わってくる。見る側も息を止めて分身ロボットの手もとを見つめる。

 持ち上げるときに少しだけ中身が床にこぼれたが、何とかテーブルの上に飲み物を置くことができた。拍手、拍手。みんなの感動はパイロットにも伝わったはずだ。遠く離れているのに空間を共有できている。何なのだろう。不思議な感覚だった。

 我がテーブルに来てくれたのはエミさん。OriHime-Dを通してお話をする。もともとは東京で働いたが、今は大阪の病院に入院中だそうだ。重い心臓の病気で、移植を待っているのだと話してくれた。

 とても明るい声。目の前には無表情なロボットがいるだけなのに、なぜか彼女の顔が想像できて、まるでそこに生身のエミさんがいるような感じだ。

 入院したり、寝たきりになると、社会から隔絶されてしまう。せっかく身につけたスキルも役に立てることができない。しかし、この分身ロボットがいれば、自分の能力が生かせる。

 吉藤さんの秘書をしていた番田雄太君を思い出す。彼は4歳のときに頚髄損傷で寝たきりになった。吉藤さんと知り合い、OriHimeを操作することで、吉藤さんの仕事を手伝い始めた。スケジュール管理、名刺の整理など、彼は一所懸命に働いた。その彼の働きが、今回のカフェ構想の原点になっている。番田君は2017年に28歳で亡くなったが、大きな足跡を残していってくれたと思う。

 1時間ほど分身ロボットカフェで過ごし、とても温かな気持ちで家路についた