月刊ハイゲンキ〜行動派たちの新世紀 vol. 212
月刊ハイゲンキ
2020年1月号 掲載記

ラグビーワールドカップからさまざまなことを学んだ

 9月から10月にかけて、日本中がラグビーのワールドカップで盛り上がった。日本代表の快進撃に、それまでラグビーなど見たことのなかった人まで熱狂。試合内容ばかりではなく、選手たちの言動や運営のあり方など、世界に向けて日本ならではの重要なメッセージを発信できた大会だった。

今回の躍進は負け犬根性を払拭することから始まった

 2015年、前回のワールド カップで日本代表は優勝候補の 南アフリカに逆転勝ちした。ス ポーツ史上最大の番狂わせと言 われた。それまで7回行われた ワールドカップでの日本代表の 成績は1勝 21 敗2引分け。 21 敗の 中にはオールブラックス(ニュー ジーランド代表)戦 17 対145と いう悪夢のような大敗もある(第 3回)。そんな歴史を見ると、日 本代表がワールドカップで2回 も優勝をしている南アに勝つ確 率はほぼゼロに近いものだった。  「奇跡だ」「まぐれだ」「相手が油 断していたからだ」という評価が ほとんどだった中での今回の快 進撃。アイルランド、スコットラ ンドという南アと並ぶ強豪を撃 破してのベスト8進出。長くラグ ビーを見てきたファンにとっては 奇跡どころではない。あり得ない ことが起こったと夢を見ている ような日々だったのではないだ ろうか。

 なぜこんなすごいことが起 こったのだろうか。まずは、首脳 陣が選手に対して「どんな相手 でも勝てる」という意識を植え付 けたことだろう。2015年以 前の日本代表は負け犬根性の塊 だった。ラグビー大国との試合だ と、戦う前から負けを受け入れ ていた。真偽のほどはわからない が、オールブラックスとの戦いの 前、監督は選手を送り出すときに こう言ったそうだ。

 「 50 点差だったら上出来だ」

 それでは選手の士気も上がら ない。歴史に残るぼろ負けをして も仕方がない。

小原田泰久 2012年、ヘッドコーチ (HC)に就任したエディ・ジョー ンズは、選手たちの意識改革から 始めた。自分たちはどういうスタ イルで戦うのか、「ジャパン・ウエ イ」と名付けて徹底した。相手を 丸裸になるくらいに研究し、この 戦い方をすれば勝てると言い続 けて信じ込ませた。

 負けて当たり前ではなく勝て ると信じる気持ち。しかし、気 持ちだけで勝てるほどワールド カップは甘くない。肉体を極限 まで鍛え、無尽蔵とも言えるス タミナをつける。もちろん、パス やキック、タックルといった技 術を磨くことも怠ってはいけな い。「よしやるぞ!」「負けるもの か!」といくら前向きになって も、体がついていかなければ成 果は得られない。体と心が一体 になってこそ奇跡と呼ばれる大 仕事をやってのけることができ るのだ。エディ・ジョーンズHCのあとを引き継いだのがジェイミー・ジョセフHC。「こんなにきつい練習をしたことがない」というくらい選手を追い込んだようだ。激しいトレーニングの繰り返しによって、「これだけやったんだから」という自信が積み重なっていったのだろうと思う。選手たちは「勝てる」と信じて試合に臨んだと語っている。

 「あきらめちゃいけない」

 大切なことだとはわかるけれどもなかなか現実味を感じられない。ドラマやアニメの世界ならあるけど、と覚めた耳で聞いてしまう。ワールドカップではそれが具現化された。たくさんの人が「勇気をもらった」と涙を流すだけの快挙を成し遂げたのだ。

国籍や人種を超えて日本代表として戦う姿に感動

 日本代表に外国人選手がたく さんいたことに違和感をもつ人 もいただろう。ラグビーならでは のルールだ。ラグビーは国単位で はなく、所属する協会単位で代 表チームが作られる。キャプテン のリーチマイケルはニュージーラ ンド生まれ。彼は日本国籍を取得 しているので日本代表になれる。 ほかにも日本国籍でなくても、3 年以上継続してその国でプレー していれば代表になれるといっ たルールもある。  国籍や人種を超えて代表とし て戦うことは、時代を先取りして いるように思えてならない。国と いう枠にとらわれず、縁があって 同じ地域でプレーをする選手が 協力し合ってワールドカップを 戦う。本当の意味での国際化につ ながるのではないか。  政治では日韓関係がぎすぎす しているが、韓国人の具智元(グ・ ジウォン)選手が日本代表として 大活躍した。「具くんはやさしく て力持ち」と、癒し系のキャラが 大人気だ。日韓の壁など具くん の笑顔で粉々にできるのではな いか。ワールドカップ出場4回目 で、日本国籍も取得しているベテ ランのトンプソンルーク選手は ニュージーランド生まれだが、日 本、特に大阪が好きで、流ちょう な大阪弁でインタビューに答え ている。

小原田泰久  「好きな町に住んで、その国の 代表として戦う。それがラグビー のいいところ」

 何とも粋なコメントだ。聞いて いてうれしくなってくる。

 ワールドカップ前は外国人が 多いことに反発する意見もあっ たが、彼らが大活躍し、いかに日 本代表を愛しているか、彼らの思 いが浸透することで、外国出身選 手への抵抗感は消えていった。

 そもそもラグビーは、体が小 さくてもできるポジションがあ る。さまざまな個性を生かせるス ポーツだ。大きな人がいて小さな 人がいて、さまざまな国の、さま ざまな人種の人がチームを構成 し、仲間とともに体を張って勝利 を目指す。ときにはエキサイトし てラフなプレーも飛び出すけれ ども、試合が終わればお互いをた たえ合う「ノーサイド」の精神。

 「ラグビーが好きになった」

 今回のワールドカップでラグ ビーに魅せられた人は多い。体を ぶつけ合う迫力だけでなく、大げ さに言うなら、それが本来の地球 の姿だからではないだろうか。

 ワールドカップを通して、たく さんの美しい話が世界に発信さ れた。試合が終わったら観客席 に向かってお辞儀をする。どこの 国でもやっているものと思ってい たのだが、日本独自の風習のよう だ。世界中にお辞儀が広がるとい い。台風の被害者への黙とう。暴 風雨のあとでのグランド整備。中 止になれば日本のベスト8が決 まるわけだから無理をすること もないのにと思うが、相手チーム の立場に立てば、戦わずして予選 落ちすることになる悔しさはど れほどのものだろう。スコットラ ンドの選手、国民の気持ちをおも んばかっての徹夜での作業だっ たのだろう。台風の被害があった 釜石のためにボランティア活動 をしてくれたカナダやナミビア の選手たちにも感謝だ。

 2020年は日本でオリン ピックが行われる。金メダルの 数ばかりではなく、勝敗を超え てのすばらしく感動的なドラマ をたくさん体験できることを望 みたい。