種と言えば、野口のタネの野口勲さん(本誌2008年2月号対談)だ。種子法や種苗法のことに興 味をもったころ、ちょうど野口さん の講演があったので足を運んだ。
野口さんは1944年生まれ。 76 歳になるが、いつまでもエネル ギッシュで、この日も6時間、休 みなしの講演会だった。
野口さんはF1と呼ばれる一代 限りの種が増え、F1を作るため の雄ゆう性せい不ふ 稔ねんという技術が広がる ことに疑問を感じ、警鐘を鳴らし ている。野口さんが扱っているの は固定種と言われる伝統的な種。 前述のように、もともと種という のは農家が自分で育てた野菜か ら取るのが当たり前だった。今で は、毎年買うのが当たり前になっ ている。F1の特徴は成長が早く、 均一の作物ができること。出荷す るには都合がいい。しかし、その 種を取って蒔くと、翌年は大きさ もまちまちのものができてしま う。だから、毎年種を買わないと いけない。固定種は自家採種がで きる。
さらに雄性不稔という技術が F1を作るために広がっている。 「安全性は大丈夫か」と、野口さん は危惧している。
「植物のほとんどは雌雄同体で すから、花の中には雄しべと雌し べがあります。自分の雄しべの花 粉で雌しべが受粉(自家受粉)し てしまうと、雑種になりませんか ら、雌しべが成熟する前に、雄し べをすべて取り除きます。(これを 「除雄」と言います)しかし広い採 種畑で、大量に栽培されている植 物の、すべての母親役の株から、 開花前の蕾を開いて、雄しべを取 り除くのは、莫大な 手間がかかります。 そこで現在は、雄性 不稔性という、雄し べがないか、雄しべ があっても葯やく(注: 雄しべの先の花粉 を入れる袋)がない か、葯があっても花 粉がないか、花粉が あっても受粉させる 能力がないという、 人間で言えば無精子症の個体が 利用されるようになりました」(野 口種苗ホームページ 種の話あれ これ より)
雄性不稔の花は自家受粉がで きないので、ほかの品種の雄しべ の花粉を受粉する。その結果で きる種は母系遺伝なので雄性不 稔となる。さらに次の種も雄性不 稔。自家受粉できないという不自 然な器質(F1)が子々孫々に引 き継がれていくのだ。
そんな種から作られた野菜が スーパーマーケットに並ぶ。私た ちが食べる。健康に影響が出ない のだろうか。若い男性の精子は数 も少なく元気もなく、それが少子 化の原因のひとつになっていると 言われている。現代人が雄性不稔 の野菜ばかりを食べているからだ ということはないのだろうか。
大根の形をしていれば、私たち は大根として食べている。しかし、 それは昔ながらの大根ではない。 雄という役割を取り除かれた子 孫を残せない大根なのだ。
固定種を大切にすることは、種 子法の廃止や種苗法の改正によ る悪影響を防ぐことにもつなが る。固定種には特許もないはず だ。いくらでも自家採種ができる。 伝統的な種を守ろうという動き を見せている地方自治体もある。 遺伝子組み換えについても、発が ん性が世界的に問題になって、遺 伝子組み換えの作物は食べたく ないという流れも出てきている。
農業を生業としている方も家庭 菜園で野菜作りを楽しんでいる方 も、できれば固定種の種を使って いただきたい。農業で生計を立て ている人がすぐに固定種に変える のは難しいかもしれない。すぐにで きなくても、種を巡る問題に関心 をもって、おいしくて安全な作物 を模索していただければと思う。
これからの時代、農業はとても 重要な産業になると、私は感じて いる。ただし、従来の効率や利益を 重視した農業ではなく、作物は商 品である前に命であることを考慮 した栽培であってこその本来の農 業だろうと思う。野口さんのお店 では固定種を通信販売している。
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