ハイゲンキ〜行動派たちの新世紀 vol. 218
月刊ハイゲンキ
2020年7月号 掲載記事

インターネットという技術を使い善意の輪を広げる

コロナ禍で悲鳴を上げている生産者たちをSNSで救う

 5月末になってやっと「緊急事態宣言」は解除されたけれども、 長期間、町は閑散としていたし、 解除後もしばらくは自粛ムードが続くことになるだろうと思う。

 新型コロナウイルスの感染者の数も気になるけれども、あらゆる業種で深刻になっている経済的な問題はどうなるのか。心配や不安が広がっている。

 町のレストランや居酒屋はテイクアウトで急場をしのごうと努力をしているが、果たしてそれでどこまでカバーできるのか。経営者は大変なストレスを抱えているに違いない。さらに、飲食店に食材など提供する人たちも苦境に立たされている。在庫しておけるものならいいだろうが、農作物や魚介類など生鮮品は廃棄するし かない。

 たとえば、北海道の野菜ジュースの製造・販売をしている会社が苦しい状況をネットに上げていた。素材も有機・無農薬にこだわり、自社でも農園をもっている。 砂糖や保存料、着色料を使わず、手作業で製造するという自然派の商品を提供してきた。ところが新型コロナウイルスの影響で、販売ルートだった大手デパー トでの物産展は中止、ホテルチェーンやレストランからの注文もキャンセルとなり、約450トンという在庫の山を抱えてしまう。動くにも動 けない。にっちもさっちもい かなくなってしまったのだ。

小原田泰久 さてどうするか。融資を受けて乗り越えることも考えないといけないが、それだけでは丹精込めて作った商品が無駄になってしまう。商品に思い入れがあればあるほど廃棄するのは胸が痛む。何とかならないものか。

 全国の経営者がそうやって頭 を悩ませているのだ。

 こんなときに役に立つのがSNSだ。知恵と行動力でこの苦境を救おうと立ち上る人たちがいる。 ある人が、生産者・製造者と消費者をつなぐグループをフェイスブック上に作った。あくまでもコロナ支援が目的で、主催者はボランティアだ。コロナ禍で行き先のなくなった商品を売りたい人は、情報をページ上にアップする。消費者として支援したいと思う人は、ページに登録して、気に入ったものがあれば直接注文する。

 1か月で約 30 万人もの人が登録したそうだ。商品は生産者直送だから通常の半額ほどで買える。 生産者にも消費者にもプラスになる。生産者が悲鳴を上げるほどの反響が出る商品もあるそうだ。

 生産者一人ひとりがSNSで呼びかけても売れる量は限られてくる。しかし、面倒見のいい人が、多くの生産者を集め、たくさんの消費者に声をかけることで、予想を超えた大きな波になることもあるのだ。SNSならではの効果 だと言えるだろう。

 嘆いたり、国や行政を批判していても何も解決できない。小さなことでいいので動くことで何かが変わる。SNSという武器を使えば、ハチドリの一滴が大きな動きを誘発することになる。

 銀座でもハチドリたちが動き出している。人通りがなくなった銀座の様子がテレビでよく映し出されていた。日本を代表するような老舗がピンチに陥っている。大正時代に創業した和菓子店も大量のキャンセルで苦境に立たされていた。その店の3代目が1羽目のハチドリになった。商品の魅力をSNSで伝えられないだろうかと考えたのだ。彼は、銀座の老舗やブランドショップに声をかけ、おすすめの商品を贈り合う、物々交換のリレーを始めることにしたのだ。その様子をSNSで紹介する。コロナ禍というピンチをきっかけに、人と人とのつながりをより深め、さらに商品を多くの人に知ってもらおうという試みだ。商品とともに、銀座が人情味にあふれた温かな町であることも伝える。たくさんの人が興味をもってくれれば、町にも店にも活気が出てくる。このプロジェクトが呼び水となって、さまざまなアイデアも出てくるだろう。これもSNSならではの動きだろうと思う。

地域まるごと子ども食堂や40億円もの寄付金を集めた99歳

 こんなユニークな試みもある。 茨城県の境町が始めたものだ。子育て家庭と飲食店を結ぶ地域まるごとの子ども食堂と評判になっている。仕組みはこうだ。「ふるさと納税」のサイトを通して、このプロジェクトへの寄付金を募る。集まった寄付金を使って、町が「食事をごちそうしますよ」とサイトで意志表明をする。その情報をキャッチした子育て家庭が登録されている飲食店を訪ねれば、無料でお弁当がもらえる。

 共働きの親だと子どもたちの食事がおざなりになりがちだ。コンビニの弁当では栄養バランスの問題もあるし、寂しく一人で食事をする子もいるだろう。小原田泰久ちょっと した言葉のやり取りで、子どもの気持ちも和むはずだ。経営が厳しくなっている飲食店も売り上げにつながる。何とも心温まる試みだ。 あちこちの自治体から問い合わせが来ていると言う。もっと広がることを期待したい。

 次はイギリスでの話。主役は99歳の退役軍人・Mさん。彼はがんと腰の骨折のために、歩行器を使ってやっと歩ける状態だった。たぶん、普段の生活では車いすを 使っているだろうと思う。

 Mさんは、コロナ禍の中で、医療従事者ががんばってくれていることを知って、少しでも役に立てればと思っていた。長年、病院にはお世話になってきた。何かできることはないかと知恵を絞った。

 彼はインターネットにこんな投稿をした。

 「100歳の誕生日までに庭を100往復する」

 庭は約 25メートルある。1往復で 50メートル。足の悪いMさんにとっては長い距離だ。この宣言をしたのが4月の初め。誕生日は4月の末だった。1日に4往復くらいはしないといけない。

 Mさんはこのチャレンジに寄付を募った。もちろん、医療者を助けたいという気持ちをつづっての募集だ。目標金額は 1000ポンド(約 14万 円)だった。

 歩行器につかまりながら懸命に歩く姿が動画で紹介され、Mさんの思いはまたたく間にイギリス中に広がった。そして、賛同して寄付をしてくれた人はなんと65 万人。集まった寄付金の総額は3280万ポンド(約 40 億円)を超えた。インターネットがなければ、驚異的な結果をもたらしたひとりの老人の小さな挑戦という感動物語は生まれなかっただろう。

 こういうニュースに触れている と、人はピンチに立つといくらでも知恵を出すことができるし、善意をもって発信すれば、限りない数の善意が集まってくることがよくわかる。人間が生み出したインターネットという技術を、人間の善なる知恵で使いこなす。それが できるようになったとき、本当の意味での「明るい未来」がやってくるのではないだろうか。