ハイゲンキ〜行動派たちの新世紀 vol. 221
月刊ハイゲンキ
2020年10月号 掲載記事

理想の暮らしを求める中で、自然の営みを実感する

 新型コロナウイルスはいつ終息するかわからないが、この騒ぎをきっかけに、多くの人が自然との共生を意識し始め、都会から田舎へ移住する人も増えている。そんな中で話題になっているのが『ビッグ・リトル・ファーム』というドキュメンタリー映画。理想の暮らしをどう作るか、あるアメリカ人夫婦のチャレンジの物語だ。

夢を見るのは簡単でも、実現するには労力も時間もかかる

小原田泰久 ロサンゼルスに住むジョンとモリーという若い夫婦。ジョンは野生生物に関するテレビ番組の制作者でありカメラマン。モリーは自然食や伝統食の料理人。

 奥さんのモリーには夢があった。自分の農場をもって、自給自足に近い生活をすること。しかし、仕事は? お金は? といった現実の壁があって都会を離れることができない。普通ならあきらめる。ジョンとモリーも半ばあきらめていた。ところが、思わぬことが、彼らの背中を押してくれた。

 あるとき、ジョンが1匹の黒い犬を連れて帰ってきた。殺処分寸前だったところを保護したのだ。トッドと名付けられたこの犬はジョンやモリーがいないと吠え続ける。近所からクレームがきて、引っ越さざるを得なくなる。引っ越し先でも吠えるトッド。どこへ行っても隣近所に迷惑をかけてしまう。トッドと一緒に暮らすためには、まわりに人家のない田舎へ行くしかない。 彼らは決心する。

 「これを機会に夢を具体化させよう」

 実現できるかどうかは二の次にして、まずは「どんな生活がしたいのか」を徹底的に絞り出した。理想の暮らしの設計図作りだ。そして、それをあちこちで話した。反応はさまざま。「話は面白いけど、そんなの無理だよ」という人がほとんどだった。しかし、夢は語ってみるものだ。応援しようという人が現れたのだ。資金の援助をしてくれると言う。決意することが夢を実現するための第一歩。そして、具体化して発信することが第二歩目だ。

 準備はできた。2人は自分たちの夢が叶えられるような土地を見つけ出し、そこに移住する。すごい行動力だ。夢を実現するための三歩目は行動すること。彼らが買った土地は何と東京ドーム約17個分。さすがアメリカ。スケールが違う。

 ところが、そこは荒れ果てた農地。水もなく、乾き切ってひび割れた土地が延々と続く。生命の感じられない不毛の地だ。

 若い夫婦の悪戦苦闘が始まる。貯水池を作り、そこに水を満たす。農地を耕し作物を植える。動物を飼う。何せ広大な土地だ。理想の暮らしどころか、泥まみれになって一生が終わるのではないかという毎日が続く。夢を叶える第四歩目は続けること。続けたとしても夢が実現するかどうかはわからないけれども、続けなければ実現しない。

 夢を見るのは簡単でも、それを現実にするには時間も労力もかかる。彼らも、土地を手に入れてからの8年で夢が叶ったかと言うと、まだまだ途上。うまく行きそうになっては挫折し、何度も「もうダメだ」とあきらめそうになる。しかし、思わぬことがあって、ふさがっていたと思った道が開けてきたりする。「よし」と思ったらまた挫折。その繰り返し。苦労ばかりで、理想の暮らしなどまったく見えてこない。

大きな力に生かされていると実感したときに幸せを感じる

 「理想の暮らしって何だろう?」

 ついつい、何の不自由もなくのんびりとノンストレスで暮らすことだと思ってしまいがちだ。しかし、どうもこの映画はそんなことを語っているのではないと徐々にわかってくる。

 「ひょっとして、人がもっとも幸せを感じるのは、大きな力に生かされていることを実感したときなのではないだろうか」

 彼らの奮闘ぶりを見ていて感じた。自分の力ではどうしようもないことを知る。しかし、あきらめそうになったときに、思わぬ助けがくる。そんな体験をしながら、自分が成長していくことを実感できる暮らしこそ、彼らの理想なのではないだろうか。

 たとえば、作物がアブラムシだらけになる。彼らは農薬を使わないので、アブラムシに対抗する術はない。作物はどんどん枯れていく。もう全滅だ。ため息が出る。情けなくなってくる。

 ところがあるとき、どこからともなくてんとう虫がやってきて、アブラムシを食べ始める。悩みの種だったアブラムシがみるみる消えていく。

小原田泰久 彼らが何か策を弄したわけではない。自然にてんとう虫が発生して、ピンチを救ってくれたのだ。こんな仕組みになっているのだと目を丸くする。感動する。

 カタツムリが大量に発生したこともある。作物の葉っぱや実を次々と食べてしまう。とても手で取れるような数ではない。あきらめるしかない。ところが、このときも思わぬ救世主が現れるのだ。

 自分の無力さを突きつけられ、こんな無力な自分でも守られていることを知る。

 「人間は自然を支配しようとしてきたけれども、そんなことはできっこない。でも、自然の流れに従って生きていれば、必ず救いの手が差し伸べられる」

 そんな気付きを得ることで、彼らは悪戦苦闘の毎日であっても、心に余裕をもって暮らすことができるようになるのだ。苦しみがあるからこそ喜びがある。苦しんだ分だけ大きな喜びが得られる。たくさんの発見もあり、その発見を実生活に生かすことで自然との共生度がステップアップする。

 若い夫婦ががんばって夢を叶えたという単純な話ではない。夢に向かって進む中で、彼ら自身が変化していく。自然からたくさんのことを学ぶ。

 楽しいことばかりではない。悲しいこともあれば、悔しいこともある。朝起きると、手塩にかけて育てたニワトリの死骸が散らばっている。コヨーテに襲われたのだ。呆然とする。卵は貴重な収入源でもある。コヨーテの襲撃は何度も続いた。堪忍袋の緒が切れたジョーは、散弾銃を持ち出す。引き金を引く。都合悪いものは暴力的に排除するのは、もっともやりたくなかったことだ。理想の城が崩れていく。ジョンは落ち込んだ。でも、そこから新たな展開が生まれてくる。

 きれいごとだけでは生きられないのも自然の掟だ。

 コロナの騒ぎをきっかけにライフスタイルを変えようと思っている人にはヒントになるだろうと思う。自分の夢を見直してみる。やろうと決意する。発信する。行動する。継続する。

 「新型コロナウイルスのおかげで」

 そう言えるようになりたいものだ。